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女子光合成
ごうんごうんと大げさな音がして、天井が左右に割れていく。
集まった少女たちは、少しでもいい場所を確保しようと体を動かしていた。足を踏まれたり、服を引っ張られたりなんてことは日常茶飯事だ。それでも大きな問題が起きないのは、私たちの管理を担当する大人がみんな若い男の人だからかもしれない。
もちろん私もその輪の中の一人なのだけれど、積極的に中心へ行こうとはしなかった。徐々に開いていく天井の隙間から光が降り注ぎ、まずは中心にいる体の大きなアキホから太陽光を浴びる。じゅわっと音が聞こえてきそうな蒸気が発生して、壁にあいた丸い空に吸い込まれていく。
端っこにいる私の元まで十分に光が届くようになると、担当のお兄さんたちが監視するように周りを歩き始めた。
両手を広げて、できる限り体に光を浴びる。タンクトップから伸びた腕は、もう何度も皮がむけてしまっていた。
「しっかり光を浴びるようにしよう」
「太陽光は貴重だ。この一時間を無駄にしないでね」
鋭い目つきからは想像もできない優しい口調は、マニュアルにあるものなのだろうか。女の子たちはそれに対して、はあい。とメスのような声で答える。
一時間もこうして立っているのは少ししんどいけれど、それを緩和するようにお兄さんたちが絶え間なく何かを話してくれる。時間が経つごとに体の気だるさはなくなって、毒素が抜けていくのを感じた。その代わりに体の中で、二十四時間分の抗体がつくられる。
日光浴が終わったら、血液の検査をして自由時間になる。
私たちは、光合成をする女の子だ。
窓が一つもないということに気が付いたのは、初めて光合成のために日光浴をした六歳の時だ。それまで空は空想上のものだと思っていたし、そもそも窓というものも知らなかった。
初めて青空と太陽を見たその日からもう十年。私は今でも恋い焦がれている。
「ユナ、何難しい顔してるの?」
ぼんやりとグレーの天井を見上げていると、ぽんっと肩を叩かれた。心配そうな顔をしたハルカが私の顔を覗き込む。
「ううん、なんでも」
「そう? あ、ねえ、前の話聞かせてよ」
「え、また?」
ハルカは私の隣に腰かけると、屈託のない笑顔でうんっと頷いた。
「そんなに世界史が好きなら図書室に行けばいいのに」
「だって、本は難しいんだもん」
「私はその本の話をしてるんだけど……」
ここで根負けするのがいつものパターンだった。
「もう、しょうがないなあ……えっと、太陽は一日に一時間しかでなくなったって話は前にしたよね?」
私の言葉にかぶせるように、あのさあ、とハルカが疑問を口にした。
「本当に一時間なのかなあ?」
「え?」
いつもより少し顔色の悪い彼女が、その続きを口にする。
「一時間じゃなかったらもっとたくさん光合成できるのにね」
「でも、一時間だよ」
「本に書いてあったから?」
うまく返事ができないでいると、ハルカは楽しそうに笑った。
「だってさ、ユナ。私達、外は見たことないんだよ?」
でも、みんなが言っているから。
その言葉がでなかった。
ハルカが亡くなったのは、その三日後だった。
しばらくは私達への監視がきつくなって、迷惑だね、なんて笑い合う。前までは当たり前のことだったのに、私だけが取り残されたみたいに心にモヤを抱えていた。
モヤは次第に大きくなって、仮定だった話がどんどん自分の中で真実に近付いていく。悩んでいる間に、何度光合成を行ったかはわからない。けれども日に日に、この日常への疑問が大きくなっていった。
実行を決めたきっかけなんてものはない。たまたま少しお腹が痛くて、たまたま光合成の時間に間に合わなかっただけだ。
ハルカが死んで厳しくなっていた監視も緩んだ頃だった。出口にたどり着けたらラッキーくらいの気持ちで、歩いたことのない廊下を進んだ。
少し前に二人組のお兄さんが見えて、物陰に隠れながら足音を殺す。浮かれているようで、二人とも私には気が付かない。廊下の端に来ると警備員と何やらやり取りを始める。黙ってそれを見ていると、少ししてから廊下の奥の扉が開いて、完全に扉が開ききる前に二人は出ていった。
「あ……!」
無意識に声が出た。
気が付かれる前に近くにあった消化器を両手で持ち上げて思い切り振り下ろす。人を殴るなんて初めてだったけど、迷いなんてなかった。
這いつくばるようにボタンを押した警備員の痛みと怒りが混ざったような叫び声を振り切って、もつれそうになる足を何とか踏ん張る。扉の隙間に体をねじ込むと、直後に閉まった扉の向こうから大きな怒鳴り声が聞こえた。
息が苦しくて、座り込んでしまいそうだったけれど、そうしたらきっとすぐにつかまってしまう。
私が足を止めることなく走り続けたのは、空がどこまでも青かったからだ。
(17/11/14時空モノガタリ【迷い】最終選考)
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