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けれど、近づいてくる男性は、わたしよりは随分年上だろうが、若々しい。オジサンだと言うから、今年五十になるうちの父くらいを想像していたのに。
この人は本当にSouさんなのだろうか。
「Sou、さん……?」
不意に不安になって小さく呼びかければ、橋を進んでいた彼が足を止めた。そして、はっとしたように大きく息を飲む。
「……里美っ!」
「…………え」
──彼は、今、なんて言った?
耳を疑ったその瞬間。わたしは駆け寄ってきた彼に、勢いよく抱きしめられていた。
──わたしを見て「里美」と……。その名前は、その名前は……。
「ど、どうして……わたしの……お母さんの名前、知ってる、の?」
唇も声も、情けなく震えた。
「あ……ああ……ごめん。あまりにもよく似てたから……。本当に会いたかったよ、愛里」
心臓がドクンドクンと嫌な音を立て始める。
「なんで……わたしの名前……」
「俺がつけたから。この橋と同じ名前」
彼の背中越しに、黄昏が、何もない空を染め上げている。橙ともピンクとも紫ともつかない中途半端なその色に、得もしれない恐怖が、じわりと胸を蝕んでいく。
「Souさん、あなたは……」
「俺のほんとの名前、『かなで』だよ。演奏の奏でかなで。あれ、里美から聞いてなかったの?」
「わ、わたしは何も…………え? かな、で? まさか……」
──かーくん……?
「誰よりも愛してるよ、愛里」
──あなたの言う、愛してる、って何?
誰そ彼。
ねえ、わたしの愛した人は、わたしを今抱きしめるこの人は。一体、誰ですか?
何もない、居場所もないこの町で。わたしは愛する人も失うんですか?
~END~
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