遮光

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 このようにして、以前までの僕は西側の窓を通して外の世界とつながっていたのだと言うことができる。それこそが僕の目だったのである。しかしこの度、僕はその目が覆われるという危機に瀕していることが既に発覚していた。新しいマンションの建設を中止させる、などという権限は僕にはない。完成間近のマンションを破壊する、などという度胸も僕にはない。別のマンションに引っ越す、という金銭も残念ながら僕にはなかった。僕にあるのは、ただその工事の進捗を昼夜問わず見守り続けられるという、有り余る時間だけだった。  失って初めてその大切さに気付く、という現象は全人類に共通のもののようで、僕にも例外なく当てはまってしまった。正直言ってしまえば何の意味もない先述の夢想空想が、この頃はかけがえのないものだったように感じられるのだ。幼少の頃に亡くなった曽祖母を思い出すかのように、行ったこともない奥多摩の山々の風景が瞼の裏にありありと浮かぶのだった。  そして同時に、マンションが完成した暁には西側の窓からどのような光景が望めるのかということを今から空想してもいる。間取りはどんな感じだろうか。朝昼夜と、どのような人が出入りするのだろうか。どのような人が管理するのだろうか。新たな景色が手に入るのだと思うと、クリスマスイブの夜のように楽しみにも感じるのだった。  工事の音が激しさを増してきたため、僕は西側の窓のカーテンを閉めた。  今度は、誰かと目が合うこともあるのだろうか。  誰かが僕を見てくれるだろうか。  そんなことを思いながら、僕は頭まで布団を被って目を閉じた。
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