桜の娘

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「私を呪詛で策に填めたのは国司の手の者です。国土が弱ったこの時を逃す筈がない。此処は戦場(いくさば)と成るでしょう」 「成るまいよ」 「えっ……?」 「お前の姉は兵法に長けておるのよ」 鬼神は涼の後ろで眠る涼音に目を細めた。 『鬼神殿、雨を止め、洪水を塞き止めるだけに留めましょう。山はこのまま崩します』 鬼神に涼音は告げたのだ。 「何故だ?」 「道を塞げば敵もまた攻め込めません。時間さえあれば、連盟を結んでいる豪族を味方に付け、国力は持ち直せる筈」 崩れそうな山道を避けるために支援の手は遅れていたが、そろそろ到着している頃合いだった。それに山際の領民は既に避難させている。 「雨を止める手立ては?」 それが出来なければ話にならない。 「視えるか涼音。この長雨は禁忌によって引き起こされている。器としたそれに穢れを溜めて災厄を呼んでおるのよ」 これまで雨雲だと思っていたそれが、涼音の眼には確と暗雲として捉えられた。そこに幾つもの怨霊が縛られていると分かる。  希望を搾取しようと手を伸ばし、(おぞ)ましいまでに憎しみに顔を歪ませていた。 「あれが穢れ……」 その醜さと怖ろしさに思わず鬼神の腕を掴んでしまう。 「戦となれば、あれが黒龍となって視えようぞ」 くふふっと、何が可笑しいのか鬼神はまるで素面(しらふ)を欠いたように嗤った。 「狂ってはなりません。あなたは此処にいる。そして、私も。まだ間に合います」 「ふははっ。言うではないか、二人で()れば何か変わるとでも?」 「はい。必ずや」 そこに何の自信があるのか、涼音は確と頷いていた。
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