赤い糸

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赤い糸

 市女笠から垂れた紗はユラユラ風に揺れて、天の羽衣のように光を透かしている。秋の風がふわりと悪戯に入り込んでは、涼音を盗み見て去っていく。 「(すず)さま、疲れましたか?」 心太が供らしく気遣って、手を引いてくれていた。  涼音たちは、産土神社の参拝を無事に済ませ、市を覗いているところだった。 黄昏時に始まる白拍子の舞を目当てとしており、時間を持て余していたのだ。 「少し、昔を思い出していました」 狩衣装の男装ばかりしていては、うっかり女人であることに意識が薄れるが、市で綺麗なものを見つければ、やはり心は浮き立った。 「ところで心太?お前、前には手を繋ぐのを恥じ入っていたのでは?」 「こ、この前はこの前です。少しは慣れましたから」 (今日の涼さまは何だか姫さまみたいなんだよな……) 心太の言葉に少しは心を開いてくれたのかと、涼音はまた()んだ。 「今日は彦左(ひこざ)殿のお陰で、こうして隠されてしまいましたからね。呪術は必要ないのですよ」 それに何より、急いでいる訳ではないので、隠形(おんぎょう)して歩く必要も無い。寧ろ、悪鬼を祓うことを生業とする身である為、そうした人でない括りの者らに見つかっても、なんら支障は無いと言えた。 「人が多いですからね。涼さまと(はぐ)れでもしたら俺が叱られます」 心太はしっかりと涼音の手を握り直した。 「ならば、これを」 スッと涼音は袂から赤いむすび糸を取り出した。 これは先ほど覗いていた店先で、綺麗な染め糸だと思って、買い求めたものだった。手にした赤い糸に、涼音は何やら息吹を与えるように言葉を紡いだ。そして、それを心太の右手首に結ぶ。 何やら照れくさくなった心太は頭を掻いた。 「赤い糸と言うのを聞いたことはありませんか?」 「えっと、縁結びの?」 涼音は頷いた。 「糸は紡ぐもの。結ぶもの。転じて、縁を結んでいく意味合いをもたせているのです。何も男女の仲を指すばかりではないのですよ」 迷子防止の(まじな)いですね。と、涼音はしゃがんでクロネコの尻尾にも結び付けた。 『どさくさに紛れて何故俺に結ぶ!?』 「あなたが一番いなくなりそうだからです」 口を尖らせて涼音はヒョイっと、クロネコを拾い上げた。 ともすれば、心太の眼にもクロネコの姿を捉えることが出来るようになる。 「ク、クロネコさま、そこにいらっしゃったんですね」 ギョッとしながらも、心太は有難いものを目にしたように手を合わせた。 「拝むなっ!」 シュルッと、涼音の手から抜け出るやまた消えてしまった。 「き、嫌われてしまいましたかね……」 『はっ、おめぇだけじゃねぇ。安心しろ』 言い捨てるや、ふらりと何処かへ行ってしまった。 赤い糸が藪蛇(やぶへび)だったかと、涼音は肩を竦めた。 「これでお役御免と思われたみたいですね」 糸があれば涼音が何処にいても分かる。そう考えたのだろう。 「お、追わなくていいのですか?」 「大丈夫。白拍子の舞の始まる頃には多分戻られるから」 流行り唄の今様が、鬼神の大好物だと知っていた。
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