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「何故お前が此処にいる?」
川仁が目を付けたのは二股の黒い猫。
『社日は、八百万の神々が降臨されるから、顔を売りに行かなきゃね』とは、同僚の官人陰陽師、弓削真人の言だった。霊力の高い者は良くも悪くも人ならざる者に目を付けられる。巫女や宮司のように神に近しい所にいれば守護され、邪な心を抱けば悪鬼怨霊の付け入るところとなる。産土神社に辿り着くまでに、弓削は多くの神々に誘われて、いつの間にか姿を消してしまった。
(これはまさかの神隠しという奴なのか?否、まさかあの弓削に限って……?)
剣の腕はさることながら、呪術の類は空っきしの刀岐川仁が、心配するべきなのかを悶々と考えながらも、取り敢えずは、弓削の無事を祈ろうと、境内を目指している所でそれに出くわしたのだ。
「はぁ?ここは天下の往来だぞ。俺がいて悪い訳があるなら、十字以内で言って見ろよ」
「貴様は怨霊だ」
律儀に十字。
どうだと言わんばかりに、川仁は顎先を上げて、目を眇めた。
「へぇ、へぇ。ご苦労さん。けれど惜しいな。俺は大怨霊だ」
同じようにクロネコも顎先を突き上げる。
「うん、引き分けかな」
何処にいたのか、にっこり笑んで現れたのは弓削だ。
揚げ句にヒョイと、クロネコをその手に抱え上げた。
「おめぇに抱かれる筋合いはねぇ!!!」
ピシャッ!!!と、雨でもないのに空に稲妻が走る。
「弓削、降ろせっ!」
川仁が刀に手を掛け身構える。
川仁の刀、『鬼切丸』は鬼を斬るための妖刀だ。
「怖いなぁ、二人とも。いい大人なんだから、落ち着きなよ」
そもそもこの空気の原因はお前だろうと、クロネコと川仁は顔を顰めた。
身を捩って、クロネコは地に着地する。
そのまま相手にせずに去ろうとするクロネコに、弓削は独り言のように問いかけた。
「ねぇ、あなたは分別ある大人のようだけど、あの子はどうなのかな?」
ピタリと足を止めてクロネコは弓削を見遣った。
そこにある目は、いつもの飄々とした弓削の眼ではない。
鋭いまでに芯のある陰陽師の眼差しだった。
(こいつ……)
「知るか、俺はあいつに取り憑いてるのよ。気に喰わねぇなら祓いに来いよ」
言うや、クロネコはその姿をかき消した。
「人の恋路を邪魔する性分ではないのだけどね……」
嘆息と一緒に吐き出された、弓削の零した声を拾えた者はいない。
(あれは見過ごしてあげられないかな……)
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