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これから、始まる夢物語に期待が高まる。
『昔、遥か西にあるとする帝国に、二つの幸運な星が重なる日に産まれた支配者がいた』
天幕を張った見世物小屋に、語り部の重々しい声が響く。
それに合わせて、傀儡子の操る人形が舞台に躍り出た。
天幕を張っている為に、中は夜のように薄暗く、観客は唯一灯の灯る舞台に釘付けになっていた。
『その男の名をマラと言う。マラの家は裕福とは言い難く、聡いマラは、家畜と狩猟の生活では日の目を見ることが無いと考えた』
マラに扮した若者が、頭に白い布を巻き、羊を追う。
観客は此処が天幕を張った小屋であることを忘れて、壮大な大平原を見ていた。そして、小さな傀儡の若者に、知らず心を寄せていく。
『支配者とは何か、マラは目を皿のようにして人々を従える王を見つめた』
王が馬を走らせ、剣を振るう。
それに従う多くの強者たち。
巧みに操られている人形たちが剣技を見せてくれる。
『何のことは無い。戦をし、勝てば敗者から戦利品を強奪し、それを配下に与えて、支持を得る。支配者とは強奪者のことだと知る』
『マラも同じようにした。初めは小さな強奪者』
ボウゥ
傀儡子の操る人形が突然に火を噴いた。
「きゃっ」「おお~」
驚く声と歓声が上がって拍手が起こる。
『マラは気前よく戦利品をばら撒いた。マラの配下になれば、多くを得られる。皆はそう信じて、気付けば、マラは大きな支配者となっていた』
先程よりも一層大きな炎を吹いた。
「ひゃぁ~」「おおぉっ!!!」
大きな歓声と盛大な拍手。
「凄いっ……涼さまもあんな風なことが出来ますか?」
「いいえ、まさかっ」
陰陽師はそもそも見世物ではない。
『玉座に座ったマラの前に美しい舞姫が現れる』
「あ、あの人形、まるで涼さまみたいですね」
心太は目を輝かせる。
ひらひらと青い異国の衣装を纏う人形。
羽衣のように軽い布を纏い、調べの早い管弦と太鼓の音色に合わせて急速に旋回して舞う。
胡旋舞と呼ばれる異国の舞だ。
『マラは舞姫に心を奪われた。マラは舞姫を愛したが、舞姫にとっては、マラは憎い仇だった』
舞姫はマラを殺す機会を狙って、マラに近付いた刺客だったのだ。
『しかし、マラに意図して近づくうちに、舞姫もマラを愛してしまう。悩んだ末にも舞姫はマラの酒に毒を盛り、彼に寄り添うように舞姫もまた果てた』
折り重なるようにして、若い男と女は共に果てた。
こうして『王と舞姫の悲恋』の物語は幕を閉じる。
「信じた者に裏切られるのと、信じた者を裏切ること。どちらが辛いことかしらね……」
涼音は人知れず零していた。
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