赤い糸

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 今上帝の抱える陰陽師の力量を目の当たりにした王旭は、生半可な呪術では太刀打ちできないと痛感し、新たな策を講じることにした。 「鬼の召喚?」 そこで考えた策は、禁忌の呪術だった。  王旭の告げた言葉の禍々しさに藤原仲成は眉根を寄せたが、興味を持って話の先を促した。 「遥か大陸では『魔物』とも『悪魔』とも呼んでおりましたが、似たようなものです」 人が神仏に供物を捧げ願掛けするように、魔物に贄を捧げて願掛けする。 「同じことでしょう?」 王旭は何ほどでも無いと言う風に話す。  強い呪術を行使するには強い力がいる。平城京再興を支持する南都の僧らの力を頼ることも考えたが、出来る限り内密に事を運びたい。 南都が呪詛を仕掛けたなどと噂が立っては、本末転倒だ。  「贄とは……」何を?と、訊ねかけて、仲成は口を噤んだ。  王旭の顔が全てを物語っていた。 無言のまま、暫し互いに目を合わせてその意思を図る。 仲成から揺るがない意思を感じ取った王旭は息を付いた。 そしてはっきりと口に出す。 「徒人(ただびと)では駄目です。神域に近しい者、霊力の高い者ですね」 贄の霊力を餌にして魔物を手繰り寄せる。 その力で呪術を完成させると、王旭は説いた。 「陰陽師が神の力を借りて守護とするように、我らは魔の力を借りて呪術を仕掛けるのです」 これで対等。 「して、その呪術とは?」 「都の地に穴を開けます。黄泉の風穴」 そうした穴は他の地にもあり、黄泉平坂(よもつひらさか)猪目洞窟(いのめどうくつ)がそれだ。それらは黄泉と通じる路とも、穴ともされ、あの世とこの世を繋いでいると言われている。  今度こそ、穴を穿つ。 「穴からは魑魅魍魎が這い出て来る筈です」 さすれば、平安の治世は危ういと民は狼狽え、遷都を要求するだろう。 「京を揺るがすことが出来れば我らとしては吉。都の陰陽師らと協力して、南都の僧らで以って鎮守するも良しです。祈願するは南都(平城)への遷都。その為の演出なのです」 傀儡は贄とされたばかりか、首謀者として全ての責を負うという手筈。 「外堀を固めることが先決だったな……」 「御意」 (先ずは南都の権威を奪還する)  
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