赤い糸

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 話しを聞くに、やはり凄い陰陽師だと涼音は感心するばかりだった。 それは、高い呪術を行使する力があるからというだけではない。 (この方は人心を掴むのが巧い……) きっと、じっと見つめ過ぎていたのだろう。 「ふふっ。そのように目を開けていれば、眠れるものでは無いよ?」 そっと瞼に手を置かれる。 それは温かく、そして以外にも大きな手だった。 目隠しされたその手を涼音は思わず掴んでしまう。 あやかりたいという想いが少し、寄りかかってしまったというのが多分だ。 そして、掴んだままに問う。 「弓削様も……弓を?」 「私は後ろの川仁のように武人では無いからね。狩猟のように引きはしない」 心で射抜いて、弦の音を以ってして魔を祓うのが陰陽師だ。 「そう……ですね」 『やってみます』と、言葉に出来たかは分からない。 涼音は闇の淵に意識を沈めてしまった。 「……」 手を涼音に預けたまま、弓削は勢い良く川仁に振り返る。 『なんだこれっ!?可愛らしすぎて身悶えしそうだっ……!』 小声で弓削は離されない手と川仁を交互に見る。 『わかったから、落ち着け。気丈に振る舞ってはいても、あれがいなくて心細いのだろうよ。付け込むな』 『ええぇ。付け込まれるよ、これはっ!』  ゾワッ 空気が一瞬にして異変を来して、総毛立った。 「おいっ……弓削」  今宵は十三夜月。 差し込む光が強い分、弓削の制する手の動きが暗がりとは言え良く見える。分かっていると、涼音からは目を一瞬たりとも離さないままに、弓削の頭が川仁に頷いた。  部屋の片隅で、弓削と川仁を成敗でもするつもりなのかと、疑いたくなるような気迫と眼差しでいた筈の彦左は、いつの間にか眠らされていた。  弓削は印を結んで、口ずさむように真言を唱え続ける。人ならざる者らに疎い、川仁の眼でさえ捉えられるほどに、室内に蔓延するのは煙のような赤い糸。 (これは血だ……) 錆びのような血の臭いに川仁は鼻を鳴らした。 「呪詛……蟲毒厭魅(こどくえんみ)だな」 厭魅(えんみ)――魔術とも妖術とも言われる呪術。それに魅せられ、人を呪詛することの卑しさに弓削は目を据わらせる。  蟲毒とは、力の弱い者から力の強いものを順次死に追いやり、穢れを器に溜め込む禁忌の法。穢れからはやがて邪鬼が産まれる。邪鬼は術者の願いを叶える対価に贄を要求してくる。 『そら、そこの娘が贄だ。娘を喰らえ』
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