赤い糸

22/24
前へ
/37ページ
次へ
「今宵の夢は厭鬼ですか……」  黄泉平坂の如く暗い路に現れた邪鬼に餓鬼らに、涼音は小さく嘆息しながらも、扇で一閃するや翻す。差し詰め『龍神の舞』と言ったところか、竜巻を巻き起こしながらそれらを全て薙ぎ払った。 「さて、『てっせん』、神弓になってくれますか?」 涼音は閉じた扇の背――親骨を宥めるように撫でた。涼音の扇は、弟の(りょう)から譲り受けた代物で、白檀の香木を薄く平たく削った白檀扇子。その扇面には鉄線花(てっせんか)が咲き誇り、そして親骨(しんこつ)には見事な飾彫りが施されていた。 『姉さんに良(涼)風が吹くよう、祈ってるから』 (りょう)から手渡された扇は、まさに涼音を守護する要として共にあるのだが、『高潔』の花言葉を表すように少々気位が高い感がある。 (ふふっ。(りょう)に似たかな)   涼音は目を閉じ、『てっせん』が(しな)るように弧を描いて撫でる。再び目を開ければしなやかな弓束(ゆみつか)を手にしていた。 「ここは私の夢路。思うが儘ですよ?」 弓など一度も引いたことなど無くても、夢でなら放てる。 『心で、引くのだよ』 弓削の教えが届く。 「いつまでも高みの見物など褒められたものではありませんね。そろそろ()ねっ!」 赤い糸の垂れるその先に狙いを定め、涼音は矢を放った。 びぃぃぃん 陰陽師の放つ矢は破魔の矢だ。 『!!!』 王旭は驚愕に目を剥いた。  水盆に溜め込まれていた澱はきれいさっぱり、まさに夢であったかのように消えてしまう。ただの真水と化したと目を疑った瞬時に、水盆はひび割れ中身を卓の上にぶち撒けていた。   涼音は目を凝らしてそれを探す。 『赤い糸』は儚く消え失せていた。 (これで終わったの……?) 『よくやったな。涼音』 (ふっ、あの方はそんな言葉を吐いたりしない) 「せっかく夢枕に立ったのですよ?もう少しそれらしくされても良いのでは?」 いつも通りに扇の『てっせん』を手に馴染ませ、涼音は振り仰いだ。 早良親王は眉根を寄せて、どういうことだ?と、訝しんだ顔を見せている。 「鬼神殿……涼音は寂しいです」 らしくない言葉をこちらも真似てみれば、今度は鬼神の顔が切なく歪んだ。 つい、可笑しくて笑ってしまうところだったにもかかわらず、その実、零れたのは涙だった。 「……要らぬよ」 力なく、『てっせん』であしらう様に扇げば、それは煙となって消えてしまう筈だった。 会いたいあまりに作り出してしまった愚かな幻想にすぎない。 そう思っていたのだ。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!

34人が本棚に入れています
本棚に追加