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「今宵の夢は厭鬼ですか……」
黄泉平坂の如く暗い路に現れた邪鬼に餓鬼らに、涼音は小さく嘆息しながらも、扇で一閃するや翻す。差し詰め『龍神の舞』と言ったところか、竜巻を巻き起こしながらそれらを全て薙ぎ払った。
「さて、『てっせん』、神弓になってくれますか?」
涼音は閉じた扇の背――親骨を宥めるように撫でた。涼音の扇は、弟の涼から譲り受けた代物で、白檀の香木を薄く平たく削った白檀扇子。その扇面には鉄線花が咲き誇り、そして親骨には見事な飾彫りが施されていた。
『姉さんに良(涼)風が吹くよう、祈ってるから』
涼から手渡された扇は、まさに涼音を守護する要として共にあるのだが、『高潔』の花言葉を表すように少々気位が高い感がある。
(ふふっ。涼に似たかな)
涼音は目を閉じ、『てっせん』が撓るように弧を描いて撫でる。再び目を開ければしなやかな弓束を手にしていた。
「ここは私の夢路。思うが儘ですよ?」
弓など一度も引いたことなど無くても、夢でなら放てる。
『心で、引くのだよ』
弓削の教えが届く。
「いつまでも高みの見物など褒められたものではありませんね。そろそろ去ねっ!」
赤い糸の垂れるその先に狙いを定め、涼音は矢を放った。
びぃぃぃん
陰陽師の放つ矢は破魔の矢だ。
『!!!』
王旭は驚愕に目を剥いた。
水盆に溜め込まれていた澱はきれいさっぱり、まさに夢であったかのように消えてしまう。ただの真水と化したと目を疑った瞬時に、水盆はひび割れ中身を卓の上にぶち撒けていた。
涼音は目を凝らしてそれを探す。
『赤い糸』は儚く消え失せていた。
(これで終わったの……?)
『よくやったな。涼音』
(ふっ、あの方はそんな言葉を吐いたりしない)
「せっかく夢枕に立ったのですよ?もう少しそれらしくされても良いのでは?」
いつも通りに扇の『てっせん』を手に馴染ませ、涼音は振り仰いだ。
早良親王は眉根を寄せて、どういうことだ?と、訝しんだ顔を見せている。
「鬼神殿……涼音は寂しいです」
らしくない言葉をこちらも真似てみれば、今度は鬼神の顔が切なく歪んだ。
つい、可笑しくて笑ってしまうところだったにもかかわらず、その実、零れたのは涙だった。
「……要らぬよ」
力なく、『てっせん』であしらう様に扇げば、それは煙となって消えてしまう筈だった。
会いたいあまりに作り出してしまった愚かな幻想にすぎない。
そう思っていたのだ。
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