桜の娘

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「明日は晴れてくれないと困るのだけどね……」 雨を見つめて、その匂いを嗅ぐように鼻を鳴らすのは姉の涼音。 「はは。何やっているのさ。それで明日の天気が占えるの?」 「雨誘う 土の匂いの かぐわしさ 日の姫巫女も 誘わるるかな」 莫迦だなと笑えば、和歌を詠んでかわされた。  明日は『春の社日(しゃじつ)』、五穀豊穣を祈祷する催事が産土神社(うぶすなじんじゃ)で執り行われる。 興行に、名うての白拍子が唄に舞うと噂に聞いて、姉は楽しみにしていた。 「だって、濡れ鼠なんてあんまりでしょう?」 それは、ほんの小さな出来心でしかなかった。 姉の興を削いでやろうと悪戯心が湧いたのだ。 『雨乞い』 領地に国司より派遣されてきた祈祷師からやり方を教わった。 「涼、油断するな。社日に招かれたとしているが、あれは偵察と心得よ」 そう父からは釘を刺されていた。 けれども涼は、敵を知るも兵法の一つとして、無邪気さを装い近づいた。 「『雨乞い』には幾つかの方法がありますが、一番効果的なのは禁忌の邪法。神に穢れた贄を運び、敢えて怒りを買うのです」 干ばつの際の参考に成ろうかと、祈祷師に適当に話を振ったのだ。 「日の姫巫女(天照大神)に穢れた供物を寄こせば『雨乞い』に、水神に寄こせば『日乞い』になります」  本当にそんなことが可能なのか、試してみたい気持ちも多分にあった。
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