三章 天狗攫い

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 まず、二人は電源室から迷路に戻るための長い階段を降りることにした。 義圭は階段をスマートフォンで写しながら、一段一段と踏み外さないように慎重に降りていく。 銀男は桜貝を背負っているために一段一段、踏面を擦り慎重に慎重に降りていく。 階段を降りる時間は十分も無かった。だが、二人には二時間にも三時間にも感じられるぐらいに時が歪んでいる感覚に襲われていた。 階段を降り、初めの十字路にカメラを向けた瞬間、二人は心臓を凍った手で掴まれるようなものを見てしまった。 暗視映像の中央に映る天狗がいたのだ。その手にはあばら屋で相対した時に持っていたチェーンソーが握られていた。 それを見た義圭は慌てて身を低くし、天狗の動向を見守る。銀男のスマートフォンはカメラ作動中でも外側が光ることはない、画面のバックライトは地面に向けて壁に光が映らないように対処した。 天狗は三人に気づかず、義圭から見て右の道へと歩いて行った。 助かった…… 義圭は安堵し、そのまま少し前まで天狗がいた十字路に進み、左に曲がった。 その先は少し開けた道だった。丸太の上に乗せられたままの四角い巨石や、積み上げられた丸太、転がった丸太、どのように搬入したのか分からないブルドーザーやショベルカーが置かれていた。 この開けた道の突き当りにある丁字路、その丁字路を左に曲がれば、後一回左曲がるだけで出口(ゴール)だ。丁字路に向かって開けた道の中央を歩いていると、静寂を割くチェーンソーの唸り声が聞こえてきた。暗視映像を写すバックライト、その光が一瞬だけ漏れたのである。 その一瞬だけの光を見て天狗は戻ってきた。チェーンソーの音に加えて走るような足音、暗闇に目が慣れてきたのだろうか。だが、今はそんなことを考えている暇はない。隠れないと…… 二人はブルドーザーの後ろに身を潜めた。 歯を噛み合せたまま息を吐く音が聞こえる。蛇の放つ威嚇音のようなそれは天狗が吐き出す息遣いの音だった。チェーンソーの轟音にも負けないそれは二人を恐怖させるには十分なものであった。天狗は首をキョロキョロと動かしながら辺りの捜索(クリアリング)を行う、その最中、転がった丸太に足を躓く。 「gaaaaaaaaaa!」 天狗は猿叫にも似た奇声を上げながらチェーンソーを振り回した。そのうちの一振りが転がった丸太を切り裂き、切られた丸太は三人の隠れるブルドーザーの窓ガラスに直撃した。粉々になったガラスの破砕音が辺り一帯に響く。 そのガラス音を聞いた天狗はブルドーザーに向かって駆け寄った。ブルドーザーのバケットとキャタピラの間にあるリフトアーム、その隙間を天狗は注視した。そこには誰もいない。それを確認した天狗は横からぐるりと回りブルドーザーの側面を見るが誰もいない。 そこにあるのは、暗がりゆえに見えない二人分の足跡だけだった。 天狗がくいと首を動かすと、別の光が見えた。ショベルカーに付けられたミラーがか細い太陽の光を拾って反射したのである。さっきの光もこの光だったか。勘違いさせるんじゃない。天狗は半ば八つ当たり気味にチェーンソーでショベルカーのミラーを切り裂き破壊した。ショベルカーのミラーはアームごと無残に粉々に砕け散ってしまった。 そして、天狗は開けた道から去って行った。足音とチェーンソーの駆動音が小さくなって行く…… それを確認した二人はブルドーザーのバケットより転がるように脱出した。 そう、二人は天狗が側面に回り込もうとしたその刹那にブルドーザーの正面に回りバケットに転がり込んだのである。転がり込む音はチェーンソーの轟音でカバー出来ると踏んでのことだった。ブルドーザーと壁の間は人一人がギリギリ入り込むことが出来る程度の狭さ、そこにいなかった以上は態々逆回りをしてバケットの中を見ないだろう…… 二人は賭けに勝ったのである。とりあえずの安全を確認した二人はすーすーと寝息を立てる桜貝をバケットの奥から出した。 命がいくつあっても足りやしない。そんな事を思いながら二人は開けた道を後にした。
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