三章 天狗攫い

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開けた道の後は曲がりくねった道であるものの、丁字路や交差点のない一本道であった。 暗視映像ではあるものの、義圭はこの道を通った覚えがあった。 その道の突き当りの丁字路を左に曲がれば高台に出る階段がある。 その高台こそが、義圭が一番初めにこの石造りの迷宮を眺めた場所である。そこまで行けば後は外に向かって行くだけだ。義圭はこの地獄のような迷路からの脱出を確信していた。外に出た後はどうするか考えていない。 とりあえず今はここから出ることが出来る喜びで頭の中はいっぱいだった。 だが、その確信する心に水を差す…… いや、光が差された。 バチン 急に採掘場内の照明が全て点けられた。迷路の壁に付けられた照明の光が二人を襲う。急激に瞳孔が広がり、目を締め付けるような痛みが走る。 二人は反射的に目を押さえて痛みに耐えた。暫くの間、二人は身動きが取れない。桜貝は反射的に目を押さえたことで床に転げ落ちるが起きる気配は一切無い。 何が起こっているのかも分からずに目を押さえる二人、目を押さえたまま手探り状態で辺りを触り回る義圭、迫りくる気配には一切気が付かない。 「prehendere! prehendere!」 天狗は声高らかに叫んでいた。低い声ながらに子供が喜んでいるような感じにさえ聞こえるぐらいに嬉しさを表面に出した声だった。 義圭は首を捕まれ、体が浮き上がっているような感じを覚えた。 義圭の視界がやっと戻ってきた。視界が戻り目を見開き、目の前にあったものは真っ赤な天狗の顔。しかも、首を捕まれ持ち上げられている。 天狗に首を両腕で掴まれ持ち上げられているのだ。もがきながら天狗の手を逃れようとするが、圧倒的な体格差と力の差故にそれもままならない。 銀男の視界が戻る。目の前に広がる光景は、義圭が首を掴まれ持ち上げられている信じられない光景。 義圭はもがき天狗の顔面や上半身を蹴り飛ばすが微動だにしない。義圭の顔面も青くなり始め、涎をダラダラと流すようになっていた。このままでは窒息、いや、首の骨をへし折られてしまう。銀男は何か無いかと思い辺りを見回して見つけたのは先端の尖ったシャベル。 銀男はシャベルを手に取り、天狗の後頭部に向かって思い切り振り抜いた。 バギリ シャベルは鈍い木の砕けるような音を放ってへし折れた。銀男渾身の一撃も天狗には通じなかった。天狗は義圭の首を締める力を緩める気配がない。 目の前で前途ある若者が殺される様を指を咥えて見ていることしか出来ないのか…… 銀男は自分の無力さを呪った。 目の前が白くなっていく…… それ以上に首の骨が軋むのを感じて痛い。 義圭は死を覚悟し、手をだらりと下げた。すると、自分の腿に何か柔らかい感覚を覚えた。ああ、水を飲むためにコンドームに水を汲んだんだっけ……  使うことなく終わるのか、やだなぁ…… 正しい意味でも飲む意味でも使えないなんて哀れで甲斐が無い。
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