三章 天狗攫い

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 その後、二人は言葉を交わすことなく採掘場を後にした。 時間はまだ昼時を過ぎたばかりである 銀男は川沿いの入口にある天狗の石像郡を見て首を傾げていた。 こんな古代ギリシャの神殿遺跡みたいに露骨に怪しい場所があるなら捜索隊は真っ先に探しに来るはず。これがないということは……  この村の天狗攫いの実態を知ってから考えていた最悪の想像が巡る。 「銀男さん、あれ」 川沿いを歩き、村の建物が見えてきたあたりで義圭は前方を指差した。 その方向には上部に有刺鉄線の巻きつけられたネットフェンスが壁のように立ち塞がっている。 「成程。村人達はおいそれと、あそこの入口に行けないというわけか」 「先、進めませんね」 「川を下るか、フェンス沿いに切れ目を目指して山歩きか」 どちらにせよ自殺行為である。山歩きを考えたが、ネットフェンスは山まで続いており、どこまで続いているかが分からない。 「ちきしょう、もうすぐ村なのに」 義圭は頭を抱え、困ったような顔をした。銀男は一旦桜貝を地面に置き、キョロキョロとしながら何かを探している様子を見せた。 「扉があるね」 緑色の菱形の格子のネットフェンス。その中に不自然な切れ目を見つけた。ネットフェンスに付けられた扉である。銀男は喜び勇んでその扉のノブに手をかけるが僅かに動くばかりで扉が開く気配はない。 鍵は二種類、細い鉄棒の付いたラッチロックと、南京錠の二重の鍵であった。当たり前だが、鍵は持っていない。それに持っていたとしても鍵は外側にありネットフェンスの菱形は手が通らないぐらいに小さいために採掘場方面の内側から村方面の外側にある鍵を開けるのは至難の業である。 「覚悟決めて川に飛び込みますか?」 二人は川を見た、川の上流であるせいか流れは激しい。それに川の中央にはいくつも岩が突き出ている。二人で泳いでの川下りならまだ可能性はあるが、未だに意識の戻らない桜貝を連れて泳いでの川下りは絶対に無理である。 「地面が土とかだったら、犬みたいに掘るんですけどねぇ……」 ネットフェンスの敷設された川沿いは整備されたコンクリート製の地面である。いよいよ、追い詰められたか。いっそのこと桜貝が起きるまで待って川に飛び込む方がいいのではないか。と、義圭は考えてしまった。 「シャベル持ってこればよかったですかねぇ?」 「破壊(マスターキー)ですか?」 「力こそ万能鍵(マスターキー)だよ。この非常時だ、咎める奴なんか誰もいない」 「じゃ、僕シャベル取ってきますよ」 「いや、それには及ばない。いいものを見つけた」 銀男は川沿いに降り、落ちていたこぶし大の石を手にとった。 お手玉のように石を軽く上に投げながらネットフェンス前に戻ってくる。 「こんな石で大丈夫なんですか? 内側の鍵も南京錠を巻いてるチェーンも丈夫いいですよ」 「いいかい? 目の前にあるものにとらわれてちゃいけないよ」 ガン! 銀男は持っていた石をネットフェンスの扉の蝶番の裏に叩きつけた。何度も、何度も叩きつける。石とフェンスが叩きつけられる音が辺りに響き渡る、呼子も仕事をして、同じ激しく叩きつける音を辺りに響かせる。 10回ぐらいだろうか。石を叩きつけたところで、は小さな何かが落ちる音に変わった。
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