三章 天狗攫い

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 日も落ちかけた頃、兼一が桜貝の衣類の入った鞄と救急箱とビニール袋に入った大量の食料を持って戻ってきた。兼一はベッドの上で起き上がっていた桜貝を見て直様に抱きしめた。それを見ていられなくなった義圭は梯子を登りロフトの上に上がった。 ロフトにある小さな窓から見える夕日は血のように真っ赤で、義圭にとっては滲んで見えるものであった。 義圭が頬杖をつきながら夕日を眺めていると、銀男が梯子を登りロフトに訪れた。 「応急手当は終わったよ。我々よりは傷も大したこともない」と、言いながら義圭にアンパンを差し出した。義圭はペコリと一礼しながらそれを受け取り、すぐに封を開けてアンパンを一齧りする。 「本当はお米が良かったけど、米はみんな捜索隊のおにぎりになったそうだ」 「仕方ないですよ。米農家でも米に限りはありますし」 「彼、米農家の子なのか…… それはそうと、二人、話があるみたいでね。私はお邪魔みたいだから退散してきたよ」 「彼女、事情知っちゃったんですか?」 「手当の最中に節々ながらに話したよ。信じられない話で動揺は隠せないようだった」 「そうですか」 「彼女のメンタルケアは騎士(ナイト)くんにお任せしたよ。後、着替えたいそうでね。女性の裸は老いも若きも中の内臓(モツ)まで見慣れているけど、さすがにお着替えタイムを邪魔するような間男じゃない」 「……」 義圭は何も言わずに未だに夕日を眺めていた。夕日に向かってカラスの編隊が飛んでいく姿が見える。すると、銀男が尋ねてきた。 「君、彼女のこと好きだったのかい?」 義圭は驚いたような顔をした。その顔は一瞬で夕日よりも真っ赤に染まっていた。 「べ、別に好きじゃありませんよ! 僕が好きって思った人はたった一人だけです。その人以外を好きになることはもうないと思います」 「あれ? 君もあのさくらと言う少女が好きだと思っていたのだけどな」 「好きと言うよりは親友ですね。恋愛感情どうのこうのとかはありません」 「成程、仲良しこよしの三人のうちの二人が結ばれて、一人になったのが悔しいってことだね。君はいつまでもいつまでも仲良しこよしの三人でいられると思ったけど、それがいきなり崩れたのを悔しく思ってると」 「さすが心療内科医の先生ですね。僕がうまく言葉に出来なくて困ってるモヤモヤな気持ちを全部言葉にしちゃいました。さすがです」 「親友三人の関係なんてこんなもんだよ…… 三人が三人とも同じ割合でお互い同士を想っているとは限らない。同じぐらい好きだと想っているつもりでも、10÷3の計算と同じで余り1が発生する。その1の行方は、3人それぞれが違う。そしてその1が三人の関係(バランス)の崩壊に導く。1の行方が自分であれば自分から三角関係(トライアングラー)から離れるし、相手であれば思われなかった方は三角関係(トライアングラー)から離れて行く」 「難しい話ですね」
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