三章 天狗攫い

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三角関係(トライアングラー)の関係維持は難しい。とだけ覚えてもらえればいいよ。君が心理学科に進学することがあったら、真面目に考えて欲しい問題だ」 「すいません、理系は志望する気サラサラないです」 「つれないねぇ。ところで、たった一人の好きな人って誰かね? その人以外を好きになることはないって凄いこと言ってたから気になって。答えたくなかったら別に言わなくてもいいよ?」 義圭はふぅと重い溜息を()いた。この人は昨日自分の忌まわしき過去を話してくれたのだから、腹を割って話そう。と、自分のことを話すことに決めた。 一拍置いたあと、義圭は重い口を開いた。 「従姉妹のお姉ちゃんです」 「天狗攫いでいなくなったって言う?」 「僕が夏休みにこの村にいる間、ずーっと世話になってたお姉ちゃんだったんです。大好きで大好きで大好きで堪らなかったんです。まぁ、今にして考えれば単なる『親戚のお姉ちゃん』に憧れるだけのガキだっただけなんですけど」 「親戚のお姉ちゃんを好きになることはよくあることだよ。結婚だって構わんじゃないか、いとこ婚は合法だ。気にすることはない。まぁ、別の同世代の女の子を好きになるか、長くてもそのお姉ちゃんもいい年齢(トシ)になって彼氏が出来たとか結婚したとかでその気持ちは冷めるもんさ」 「今年で15歳なんですけど…… 好きって感情覚える女の子いないんですよね。ずーっとお姉ちゃんのことが好きだって気持ちが冷めないんですよ」 義圭は自らの胸を押さえた。心臓は激しく鼓動を叩いている。義圭は続けた。 「天狗攫いに遭った後も、天狗攫いに遭って戻ってきたって話があるから、お姉ちゃんはいつかきっと戻ってくるって思ってました。この村に来たのも、伯母さんの葬式…… は、勿論なんですけど、お姉ちゃんを探しに戻ってきたのかなって気がしたんです。結局、やさぐれてあの家で自堕落に過ごしてましたけどね、やさぐれていればお姉ちゃんを探さずに『しらないまま』でいられますし…… ははは……」 紗弥加を探しに出て「見つからない」って結果が出ることが怖かった。 それ故に志津香の葬儀が終わった後も、思い出の残るあの家で自堕落に過ごしていたのかもしれない。 義圭はその気持ちに今始めて気が付き、やっと口にしたのである。少し俯いた後、義圭はは重い口を開いた。 「今日、やっとそれにも諦めがつきました」 「礼拝堂かね。あの中の死装束姿の白骨…… その中に」 「はい、おそらくは。あの天狗に手をかけられたのだと」 「医者としては。あの中の生贄になったと思われる白骨のDNA鑑定を行い、これまで生贄を出してきた家に真実を通告しなくてはいけない。けどね、僕個人としては知る必要もないことだと思うんだ…… 特に君に対しては『永遠に大好きなお姉ちゃんを待ち続けさせる』という辛い選択を強いることになるけど、君に真実を知らせて辛い思いをさせるよりはマシだと思ってるんだ」 紗弥加が生贄にされた現実を知るよりは、紗弥加を待ち続ける方が精神衛生的には良いとしての発言だった。短い付き合いながらに銀男は義圭を大事な友人として扱うようになっていた。 「お気遣い、ありがとうございます」 義圭は涙を拭った後に一礼をした。その瞬間、襟からボロボロと何かが落ちてきた。それは小さな白い粒の形をしていた。 「瓦礫に飲み込まれましたからね、襟の中に入ったんでしょう」 銀男はおもむろに小さな白い粒を拾い上げ、指に挟んだ。 「瓦礫の欠片じゃないよ。米粒だよ。この白さ、新米だねぇ」 「今日、米なんて食べてませんけど」 「精米する前の米だよこれ」 銀男も土や泥に塗れたスーツのジャケットを脱ぎ、背中から軽快な音が出るぐらいに力強く叩いた。辺りに砂埃が舞い踊る、そして、ロフトの床には新米の米粒がいくつか落ちてきた。 「私にもついてるね」 その瞬間、銀男は「イヤな予感」を覚え、梯子の袂で話す二人を眺めた。 しかし、杞憂だろうと考えた。それを義圭に言うことはしなかった。その時、外のスピーカーより村内放送が流れてきた。
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