三章 天狗攫い

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 七時になると同時に銀男はバンガローを後にした。兼一は窓の外からそれを見届ける。 後もう少しでこの村を出ていくことになるのか。まさかこんな形で出ていくことになるとはと義圭は驚きを隠せない。 七時五分になると同時に桜貝がスッと立ち上がり、バンガローの照明を点けた。 「おい、バレたらヤバいって」 義圭は桜貝を追いかけ、照明を切ろうと手を伸ばした。 その瞬間、兼一は義圭の後ろに素早く立ち、後ろ手を掴んだ。両手首を万力のような力で掴まれ胸から肩にかけて捻られるような痛みが襲いかかる。 「おい! 何すんだよ」 義圭の目の前に立っていた桜貝はドアの内鍵を開けた。そして、申し訳無さそうな顔をしながら義圭の顔をじっと見つめる。 「ごめんね…… ごめんね…… よっちゃん」 後ろ手を掴む兼一も義圭に謝る。 「すまねぇ…… よっちゃん」  二人が義圭に謝った瞬間、村の大人達が一斉にバンガローの中に突入してきた。 義圭は何が起こったかも分からずに、信じられない顔をすることしか出来なかった。今、秘密基地に入ってきた村の大人たちは全員、義圭の見知った顔である。 近所のおっさんおばさん、食堂のおばちゃん、兼一の両親、知夏の母親の千冬、資料館の館長、紗弥加の先輩の男衆達…… 最後に二人、桜貝の父の日野村長が何ともうらぶれたような顔をしながらトボトボと入り、その隣には天狗神社宮司の響喜が無表情で仁王立ちをしているのであった。 「おい! どういうことだ!」 二人は義圭と目を合わせない。響喜が義圭の前に立ち顎をくいと上げ、瞳をじっと見る。 「宮司さん! これどういうことなんですか!」と、義圭は叫び問うた。 響喜はその問いに答えず、日野村長に向かって述べた。 「確かに天狗者だ。生贄たる資格はある。おっと、これは私がよく知っていることだ」 「何を訳のわかんないこと言ってるんだ!」 誰もその問いに答えない。桜貝に至っては、壁に手を付けて激しく泣いていた。日野村長がその肩を優しく叩く。日野村長は響喜と入れ替わりに義圭の前に立ち、そして地に頭を擦り付けるような土下座をした。 「すまない! 娘の代わりになってもらう!」 「え…… 日野のおじさん……? 何言ってるんですか?」 「言った通りのままだ! 君には天狗攫いに遭ってもらう!」 絶句した。義圭は自分が何をされているのかの理解が出来なかった。日野村長は一旦頭を上げた。 「儂はな、娘のことが大事だ! だがな! その娘を天狗様の生贄に差し出すことが決まってしまった!」 響喜はドアを開けた。外には未だに靄が立ち込めていた。
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