三章 天狗攫い

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肩に乗せられた義圭に、兼一がそっと声をかけた。 「すまねぇ、お前を生贄に出すことに協力すれば、さくらをそのまま都会に行かせてくれるって言うから」 義圭は何やら叫ぶが、猿轡を噛まされているために声を発することが出来ない。義圭は声にならない叫びを上げながら、せめてもの抵抗として芋虫のように藻掻く。 「お前のことは今でも大好きだし、最高の友達だと想ってる。でも、さくらのことはそれ以上に大好きなんだ。だからお前を代わりにした。ごめん」 米袋の中からそれを聞いていた義圭は激しい「裏切り」を感じ目から涙が溢れてきた。その止め処ない涙を流しながら考えることは、これまで三人で夏の野山を駆けてきた思い出の数々。その全てが楽しく綺麗な思い出である。それが粉微塵に崩れ去って行く…… 次に桜貝が義圭に声をかけた。 「よっちゃん、いくら恨んでくれてもいいよ。あたし、まだやりたいことあるの。死にたくないの。これからもケンちゃんと生きていきたいの。だからよっちゃんを犠牲にすることにしたんだ。ごめんね」 謝られても許せるか! そう言いたげに義圭は思い切り体を動かした。 傍目から見れば芋虫が激しく藻掻いているようであった。響喜はそれを見てイヤな笑いを浮かべていた。 未だに土下座をしたままの日野村長が叫んだ。 「娘を助けるために君を犠牲にしたことは申し訳ないと思う! だが、私もその罪を背負い、制裁を受ける!」 響喜は日野村長の頭をいいこいいこと撫でた。 「何を言っているんですか? これまで数多くの生贄を天狗攫いと称して大人子供問わずに連れて行く協力をしたのはあなたですよ、村長? この功績で村八分も致しませんし、来年の町長選も無投票当選にして差し上げようと言うわけです。あなたは『いい子』ですからね? いざ自分の娘が生贄に選ばれて日和ったのは気に食いませんが…… 不問に付します。娘さんを都会に送り出すのだからしっかりしなくてはいけませんよ。これからも、協力はしてもらいますよ?」 響喜は日野村長の頭を撫でていた腕を、肩の上に叩きつけるように置いた。 それはまるで「エール」かのように思われた。 「ありがとうございます! ありがとうございます!」 日野村長は響喜に感謝し、頭を何度も床に突いた。響喜はそれを一瞥たりともしない。 義圭は米袋の中で全てを恨んだ。今まで親切にしてくれた村の皆の裏切り、何よりも親友たちの裏切り。 夏の度に村に遊びに来た時に生まれたキラキラと輝く思い出が粉微塵に崩れ去って行く……  おそらくはこれから礼拝堂に連れて行かれるだろう、そこで天狗に何をされるのだろうかと恐怖に震えるのであった。 全てに絶望した義圭はいつの間にか眠りに就いていた……
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