四章 天狗の抜け穴

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とりあえずの自由は手に入れた。後の心配は天狗だけだ。ここから脱出して…… 脱出を考えた瞬間に「脱出してどうなる?」と言ったことを考えながら、義圭はスッと立ち上がった。 そして自分のポケットを漁る。財布もスマートフォンも無事だ、今となっては所持品の没収や窃盗などはどうでもいい問題であるが、義圭は何故か安堵するのであった。  時間は夜の四時、いや早朝の四時と言った方がいいだろう。 あれから九時間…… 運ばれた距離はそう遠くないのは村からこの採石場までの距離を知っていれば分かることだ。つまり、運ばれた時間は短いということである。そうなると、眠っていた時間の方が長いことになる。 今朝から村中を駆けずり回ったり、心身的に疲れに疲れ切ったことを察した脳が「休め」と強制命令を出して体を強制的に休めてしまったのか。 体は固定体勢故に関節を動かせずにいて、筋が軽く痙ったような痛みを放っているが歩けない程ではない。 義圭は数回の背伸びと、、軽いストレッチで何とか体を動かせるようになった。体を軽く動かしながら、礼拝堂の石造りの祭壇をぐるりと一回りすると、祭壇の裏側に我が目を疑うようなものを見つけてしまった。 白骨の手だけ、それを包むのは群青色の袖、手には所々錆びついた拳銃が握られていた。 「拳銃……?」 義圭は拳銃の先端、銃砲身を指先で摘み上げた。鉄の塊であるせいか重さを感じる。白骨の手はスルリと拳銃から滑り落ちた。滑り落ちた手は カラン…… と虚しい音を出して床に落ちるのであった。 義圭はあばら家で眠っていた伯父には右手が無かったことを思い出した。 「これ、伯父さんの……」 そして更に紗弥加が話した父の話までもを思い出した。 「事件もなぁんにも無い平和な村に一人の警察官だったらしいの。ところが、天狗攫いに付いて本気で調べてる途中でお父さんも天狗攫いに遭っちゃって…… 鉄砲持ったままいくなっちゃったから、都会の警察官がこの家で毎日取り調べに来てたみたい」 伯父はここまで辿り着いていた。天狗攫いの真相を突き止めたのである。 だが、真相を突き止めたすぐ後に天狗と戦い、右手を切られそのまま無残に殺され、あばら家に放置されたのだ。 血の繋がりも無く、写真でしか見たことのない伯父であるが、義圭は心からの尊敬の念を覚えるのであった。 「伯父さん、無念は僕が晴らします」 義圭は合掌し、伯父の心からの冥福を願った。全てが終わった後は遺骨を回収し、家族三人暮らしていたあの家に帰すことを誓うのであった。  銃を手にとったはいいが、銃の類は割り箸鉄砲や水鉄砲のような玩具しか持ったことがない義圭にとっては扱いが分からずに無用の長物。 それに、十年以上前に失踪したのだから、手入れもされていない。 こんな物を撃って暴発されても困るだけだ、最悪の場合は死ぬかもしれない。義圭は「この銃は使えない」として祭壇の上に置こうとした。その瞬間、ふと入口を見ると信じられない者の姿が目に入った。 なんと、以前と同じように銀男の姿があったのである。銀男も義圭の姿を見て驚いた顔を見せていた。
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