四章 天狗の抜け穴

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 ステラは義圭に殴られ、岩壁に叩きつけられた。 しかし、それをものともせずに義圭に飛びかかり伸ばした爪で首を絞めにかかる。尖った爪が義圭の首に食い込む、動脈には食い込まないものの、たらりと血の雫を流し始めた。義圭は苦痛の呻き声を上げながら、ステラの手を握り振りほどこうとするが、女性、それも老婆とは思えない胆力はそれを許さなかった。 「アンタも不幸ねぇ…… いつまでも女々しく紗弥加ちゃんのことを未練がましく! ここに来たのだって紗弥加ちゃんのことを諦めきれなかったんだろぉ? こぉんなところまで村長の娘を探しに来た挙げ句! 知らなくても良いことまで知って…… 天狗攫いの正体を探ってここまできた馬鹿どもと同じように殺したるよ! 息子の正体を知ったものは生かしておけないよ!」 電機業者はこの採掘場の照明の交換の際に「知ってしまった」為にステラが全員殺害。秦仁志巡査は天狗攫いを捜査してここにたどり着き、カニス・アイテールと交戦した後に殺害。このように、採石場にあった生贄以外の死体は全て「知ってしまった」為に殺されたのである。 カニス・アイテールからすれば「縄張り《テリトリー》」に入ってきた侵入者を殺すのと同じ感覚で殺人を犯していた。 赤子のうちに何もない穴の中に放置され、信じられるのは時々訪れる母であるステラのみ。母と分かるのは生物の本能が成す業なのかもしれない。 後は自分の性的欲求を満たすための天狗攫いによって運ばれてくる生贄ぐらいだろうか。それ以外の人間は全て「敵」として思うようになっていた。 自分の血縁(親兄弟)以外とは群れない種類の野生動物と同じである。 ただ、ここ数年はカニス・アイテールも日の光を求めるためか外に出るようになっていた。 ステラはカニス・アイテールが村に出ないよう、宮司一族に言われ注連縄の結界を施すようになっていた。注連縄の結界が作用していた理由はステラもよく分かっていない。  ロープが降ってきた。銀男が予備のロープを垂らしたのである。今度のロープは手足を引っ掛けるための大きな結び目がいくつも付けられている。 ロープを垂らした時、その結び目がステラの顔面に直撃した。それに怯んだステラは義圭の首を絞める手の力を緩めてしまう。 それを好機とした義圭は思い切り頭を揺らし、ステラの顔面に頭突きを食らわせた。ステラの鼻に義圭の額が直撃し、鼻の骨を折るに至った。 ステラは鼻を押さえながらその場に蹲った。鼻を押さえる指からは止めどなく鼻血が漏れてくる。 こいつは、生かしてはおけない。義圭は落ちていた猟銃をステラに向けて構えた。その刹那、ステラは猟銃の銃砲身を掴んだ。 しまった! 義圭はすぐに引き金を引いたが、手遅れだった。ステラは銃砲身を明後日の方向に向けていた。小道内に充満する花火大会の終わった後のような香り、これが硝煙の匂いである。 だが、お互いに血の匂いが鼻から口にかけて充満しているために硝煙の匂いを感じることは出来ない。 「この親不孝者め!」 ステラは猟銃の銃砲身をそのまま引き、義圭から猟銃を取り上げた。そのまま猟銃を振り抜き、グリップで義圭の頭を殴打する。 吹き飛ばされた義圭は壁を背にして倒れ込んでしまった。
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