四章 天狗の抜け穴

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「アンタも…… ここの村人みたいに天狗を信じてる馬鹿でいればよかったのに……」 ステラは壁を背にした義圭の頬を掴み、アヒル口のように口を開けさせた。 口を開けさせると同時に大量の血が流れ出る。その血溜まりの中にはすり減って厚みのある奥歯が数個転がっていた。 その開いた口にステラは猟銃の先端を押し込むように突っ込んだ。血とは違った鉄の味が口の中に広がる。発砲後で銃身が焼けているせいか、舌の奥までもが火傷をしたように熱く感じる。 「よっちゃん…… アイテールをいじめた罪と、アイテールのことは冥界(ハーデス)に持っていって貰うよ?」 ステラが引き金を引こうとしたその時、背後から天狗がステラに抱きつき、それを止めた。 「アイテール? 何を?」 「malum…… malum…… mater…… Et recordor……」 「何故だい? アイテール!」 「hic familia noli nex……」 「そうかい…… あんたは優しい子だねぇ…… それに、あたしにとっても……」 おう、よしよし。ステラは天狗の頭を撫でる。そして続けた。 「もうここにはいれなくなっちゃうねぇ…… お父さんとどこか一緒に静かなとこいこうねぇ……」  義圭は這うようにロープの元に向かった。そして、ロープを掴んだ。ロープの引かれる動きを感じた銀男は全力でロープを引っ張りにかかる。 銀男がロープを引き、義圭の姿が見えたところでその手を掴み、両脇に手を移して持ち上げ、子供を抱くように優しく持ち上げた後、地面にそっと下ろした。 「大丈夫かい?」 引き出された義圭はぐったりとしていた。銀男は意識の有無を確かめるために義圭の目を指で開き、目の前に手を差し出して動かした。眼球は指を追いかけて動く、意識はある。 「あ、銀男さん……」 「良かった、気がついたかね?」 「ここは……」 「天狗神社だよ。ここの手水舎もあの地下水を使ってることに気がついてね。もしかしたら通じてるんじゃって思って」 天狗神社の手水舎は村の地下水を使った井戸を改造したもの。地下の川を見た銀男は「繋がっているかもしれない」と考え、早朝の人目の無い時間に天狗神社に入り込み、手水舎を調べた。蓋の役目をしていたのは手水舎の天狗の像。銀男はそれを押しのけ、このルートから地下に入ったのである。 手水舎の天狗の像であるが「邪魔ですね」と押し出されたせいで、地面に落ち粉々に粉砕されている。銀男は「非常事態なので」と、一切気にしていない。 「さぁ、行きますよ」  二人は境内を走り抜け、一気に階段を駆け下りた。長い階段の袂には銀男の車が霧に包まれながら停車していた。銀男は予め倒してあった助手席に義圭を寝かせた。そして、車を出す。 フォグランプを点灯させた車は霧を切り裂いて畦道を進み行く、程なくに隣町との境目があるトンネルにまで辿り着いた。トンネルを抜け、隣町に入った途端に霧は嘘のように晴れた。 銀男は一旦車を止めてバックミラーからトンネルの中を見た。トンネルの中は雨翔村に差し掛かる辺りから霧に包まれているのであった…… 普段であれば検証の一つも行うのだが、今は非常事態でそれどころではない。それより優先するものがあるんだ。銀男は助手席で眠る勇者の寝顔を一瞥した。 「さて、この子を病院に送り届けないと」 銀男はまだ早朝で車の通らない国道でアクセルを踏み抜いた。トンネルを出ると、その先は抜けるような青空であった。 こうして、義圭にとっての地獄のような一日は終わった……
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