一章 天狗の仕業

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「ところで、紗弥加ちゃんは子供連れで参拝に来たのかな? 紗弥加ちゃんはともかくとして、この村の子供は天狗様が怖いのか、なかなか参拝に来ぃせんのに」 響喜は兼一と桜貝を見下ろした。二人はその目線を躱すように首をぐぃーと背けた。 「実はあたし、明日で村出るんで天狗様にその報告を。それと、今朝方……」 響喜は驚いたような顔を見せた。その顔に驚いた紗弥加は今朝の義圭が道に迷って助けてもらったことのお礼をしようとしたことを言いそびれてしまった。 「あれ? でも……」 「でもなんです?」 「ああ、いや良いんだ。しかし、君も友美恵さんと一緒でこの村から出ていくのか…… 何もない村だけど、良い村なのに……」 響喜の母のことを知っているような口調に義圭は疑問を感じた。母からこの村にいた時の話は聞いたことがあるが、田舎暮らしが辛かった話ばかりで、天狗様に関しての話題はない。面識があるなら天狗様に絡めて「あそこの宮司さんは……」と言った感じの話題を聞いていてもいいはずなのに、聞いたことがなかったからである。 「母の勧めなんです。何もない村では勉強にも限界がありますし、それに高校だって……」 「村の誰かに言えば何時間でも車走らせて、村の外の高校でも乗せてってくれるのに……」 「こう言ったお気持ちは嬉しいんですけど……」 「そうかね。この村も君がいなくなって寂しくなるねぇ」と、述べながら響喜はその場から去って行った。 それから四人は社の前に立ち、申し訳程度の賽銭を入れた。それから ぱん ぱん と、二回柏手を打った。義圭は他の三人がするそれを見て真似をするだけだった。 「天狗様に(はい)」 紗弥加が号令をかけ、合掌したまま一礼をする。紗弥加は続けて声に出して言った。 「天狗様、私、秦紗弥加はこの村を出て、東京の新天地で新しい生活を送ることになりました。どうか新天地でも上手く出来るように見守っていて下さいませ」 この村の神社の参拝の決まりは直接口に出して願い事を述べるのだ。相変わらず変わってるなぁ。義圭は目を閉じ、合掌しながらこんなことを考えていた。 続けて、兼一も願い事を述べた。 「天狗様、どうかうちの田んぼを今年も豊作させて下さいませ」 兼一の家は米農家である。農家の息子である兼一の願い事はこれ一択であった。 桜貝もそれに続く。 「天狗様、来年の村長選も父が当選出来ますようにお願いします」 こうは言うが、雨翔村の村長選は無投票当選が20年続いている。桜貝は村長である父の姿しか知らない。村長選の落選なぞ微塵も心配していない。 「……」 義圭には願い事がなかった。実はあるにはあるのだが、ゲームが欲しいだの、9月の球技大会のサッカーで勝てますようにと言った小学生らしい願いで、口に出すのも恥ずかしいものであった。 「どうしたの? 口に出すのが恥ずかしいの? 願いがないの?」 桜貝が煽ってきた。義圭は煽りに負けたのか、反射的に「本当の願い」を述べてしまった。 「紗弥加お姉ちゃんとずっと一緒にいれますように!」 天狗神社の境内に笑いが木霊した。実際、これから一緒に暮らすことになると聞いた時から義圭の心は舞い踊っていた。年に一回の夏の間にしか会えない憧れのお姉ちゃんと一緒にいられるとなれば、心の一つも舞い踊ると言うものである。 しかし、この願いなら先に考えた小学生らしい願いのほうがまだ恥ずかしくない! 口に出したことを後悔してしまった。 「あらー、嬉しいこと言ってくれるのね。でも駄目? 願いはもう叶ってるじゃない。これからよっちゃんの家に住むんだからずっと一緒じゃない? 天狗様もよっちゃんの心を読んで願い事を叶えてくれたのかな?」 四人は天狗神社を後にした。最後に鳥居を出る際の踵を返しての一礼も忘れない。
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