終章 緑成す秋

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終章 緑成す秋

 あれから三ヶ月後…… 義圭は勿忘草の花束を片手に雨翔村に向かう電車に乗っていた。勿忘草の花は途中下車した先にあった駅の花屋で買ったものである。 電車が雨翔村に入ると、辺りはいきなり霧に包まれた。 「霧のため、徐行運転を致します。お客様にはご迷惑の方をかけますがご了承の程、お願いします」 と、車内アナウンスが入った。 すると、隣に座っていた酒臭い男が義圭に話しかけてきた。 「おう? ニィちゃん。電車、トロ臭いなぁ?」 「ええ……」と、義圭は気のない相槌を打った。 「知ってるかい? 今年の夏に異常気象が起こってずーっと霧に包まれたままだと。秋になっても24時間ずっと霧のまんまだ。不思議なこともあるもんだな?」 「そうなんですか」と、義圭は無関心そうに相槌を打った。 電車が雨翔村の駅に到着した。 窓から見える景色は霧に包まれていた、霧に包まれた中に田んぼが見える…… 本来なら黄金の稲穂の(こうべ)を垂れるはずの田んぼが夏に見た時と同じ緑の絨毯のままであった。  義圭が駅前に出た途端、目の前に停車していたタクシーがドアを開けた。 義圭はそれを素通りし歩道を歩く。その瞬間、タクシー運転手が義圭に声をかけた。義圭は一旦足を止めて踵を返した。 「よお兄ちゃん、乗らないのかい?」 義圭は一礼した後にコクリと頷き、雨翔村中央に向かって歩き始めた。 「ここから村は遠いぞぉ? 大丈夫かぁ?」 義圭はやれやれと言った感じの溜息を吐いた後、運転手に叫んだ。 「親からもらった足があるので大丈夫ですー!」 今どき変わった言い回しをする子供もいるんだな。 それはそうと、客を逃してしまった…… タクシー運転手はうらぶれながら次の客を拾うためにシートを倒して寝ながら待つのであった。
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