一章 天狗の仕業

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 天狗神社から雑貨屋に行く道中、小高い丘に並ぶ墓石の列が見えてきた。小規模な墓地である。それを見た紗弥加は墓地の入り口の水道に置かれていた水桶に水を入れ始めた。 「どうしたの? お姉ちゃん?」 「ちょっと私事(わたくしごと)、皆には関係ないことだから、先に雑貨屋に行ってて」 「お墓参り? ちょっとぐらいなら付き合うよ」 三人は紗弥加の墓参りに付き合うことになった。 紗弥加は墓碑銘の刻まれていない墓に水をかけた後に拝む。義圭は「何故、名前が刻まれてないのだろう?」と、疑問に思い紗弥加に尋ねてしまう。 「名前、無いけど誰のお墓?」 紗弥加は憂いを含んだ顔をしながら答えた。 「お姉ちゃんの…… 友達。兼ちゃんに桜ちゃんは覚えてるでしょ? 知夏(ちなつ)ちゃんのこと」 二人はコクリと頷いた。その表情は憂いを含んでいる。 「知夏ちゃんって言ってね、お姉ちゃんの親友だったんだ」 「死んじゃったの?」 紗弥加は首をぶんぶんと横に振った。 「わかんないの。三年前…… 突然いなくなっちゃったの」 「家出とか?」 「それもわかんない。本当になぁんにも無しにいなくなったの」 「え? どういうこと?」 「あたしと天狗神社にラジオ体操に行った帰り、フッっていなくなったの。村の大人達や、都会からレスキュー隊まで呼んで必死に探したのに見つからなかった」 夏休みになるとニュースで毎日のように放送される山の事故というやつだろう。よくある話だと義圭は思った。だが、空気を読んでそれを口に出すことはしなかった。 「捜索が打ち切りになっても、あたしは知夏のお母さんと一緒にこの村を探し続けた。ニ年過ぎたあたりで諦めちゃって…… お墓作っちゃったのよ。名前がないのは知夏の体が見つかってないから…… まだ、どこか諦めきれないところがあるのかもしれない」 その瞬間、一陣の風が吹いた。墓地の墓石に寄り添うように置かれた風車がカラカラと激しい音を立てながら回る。その一陣の風は未だに消えぬ冷たい靄を体に絡みつかせ寒さを感じさせた。 「あたしのさっきの天狗様へのお願い? 実はあれね? 始めての別のお願いごとだったんだ」 「え? 別のお願い?」 「うん、前までは『知夏ちゃんを返して下さい』ってお願いごとだったんだ。ほら? いなくなった人って何年か経ってひょっこり帰ってくるっていうじゃない? だから知夏は天狗様のところでずっと暮らしてるって思ってたの。毎日毎日、天狗様にお願いしても知夏は帰ってこない…… もう知夏は天狗様のところに行っちゃったって。諦め…… ついちゃった」 紗弥加は鼻を啜った。話しているうちに涙を流していた。頬にはつぅーと一条の涙が光の雫を垂らしていた。 「ごめん。汗かいちゃった」 義圭は黙ったまま、ポケットからハンカチを出して紗弥加に差し出した。 紗弥加はそれを黙って受け取り涙を拭う。涙を拭い、決意に満ちた顔をしながら紗弥加は再び合掌した。 「じゃ、行ってきます」
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