一章 天狗の仕業

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 四人は村唯一の雑貨屋、しょうせい屋に辿り着いた。雑貨屋とは言うが、主に売るものは食料品ばかりである。他には農薬や農具などの農業用品、さらには林業に従事する者のためかチェーンソーまでもが壁にかけられていた。 都会のコンビニエンスストアとほぼ同等の広さの敷地内に圧縮したようなホームセンターが出来ているようなものである。 しょうせい屋の隅にはレジがあり、そこには老婆が一人、ちょこんと座っていた。 「おんや、秦さんとこのお嬢さんにちんまい子らが来たねぇ」 老婆は四人に向かってにっこりと微笑んだ。年齢は分からないが総白髪、双眸は青く輝き、顔もシワが出来ていた、しかし、彫りの深い顔で、目鼻立ちはくっきりとし、化粧はちゃんとされており、美人の老婆であると言えた。 「こんにちは、ステラお婆ちゃん」 義圭はこんな田舎の村に外国人の老婆がいることに違和感を覚えていた。 このしょうせい屋にものを買いに来る度に毎回である。 この雑貨店の店主、ステラは見たままの通り、外国人である。高度経済成長期に日本に来た際に、この村の雑貨屋の一人息子に一目惚れし、そのまま結婚し、この村の雑貨店の女店主となったのである。この村に来た当時は「フランス人形みたいに可愛い娘がやってきた」と言われ、村一番の美人の座を欲しいままにしていた。 ステラのこの村に来た当時の写真が残っているのだが、鹿鳴館の社交界に参加していてもおかしくないぐらいの金髪碧眼の美人そのもの。その美人が鹿の鳴くような山に来るとは人生何が起こるか分からない。ちなみにステラが鹿の鳴く声を聞いたのは店から一歩出た道路の上である。 雨翔村では鹿、熊、狐、狸、猪、羚羊などの獣達の姿を見ることはそうそう珍しいことではない。 「おんや、今日はどうしたね」 「ちょっと、ものの買い出しに。明日、この村出て東京に出るんで」 「あんれまぁ、唐突な話だねぇ。あ…… もうこんな時間か」 ステラはスッと立ち上がり、店舗直結の仏間に向かい、仏壇の観音開きを開けた。仏壇に飾られている写真は若い男の写真だった。そして、お輪を鳴らすと店の中に チーン チーンと、お輪の音が二回響いた。その間に四人は買い物カゴに買い出しの品を入れていく。 雨翔村でも揃えられるような雑貨を買い物カゴに入れた四人がレジに向かう頃には、ステラも元の場所に戻っていた。 「ごめんねぇ。旦那と息子にお祈りする時間だったからねぇ」 「旦那さんとお子さん亡くなってるの?」 義圭はステラに尋ねた。紗弥加は「こら」と言った感じに義圭の頭を軽く叩いて窘めた。 ステラはいいよいいよと言った感じに手を扇ぐように振り、その質問に答えた。 「そうや、あたしがこの村に来てからすぐに旦那は亡くなって…… 忘れ形見の息子も亡くなって…… いや、いなくなってしもうた」 「え? いなくなったって……」 「天狗様につれてかれてもうたんや」 「天狗…… 様って」 「そうや、天狗様の天狗攫いに遭ってしもたんや。生まれてすぐにの、ちぃーと目ェ離した間に」 「どうして?」 「そりゃ知らんよ…… 天狗様を怒らせたのか、気まぐれなのかは…… 天狗攫いっちゅうんは戻ってくることもあるんじゃ。ずーっと待っとるんじゃがのう」 「あたしのお父さんも攫われたことあるよ」と、桜貝。 「俺のかーちゃんもあるぜ」と、兼一が続ける。
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