一章 天狗の仕業

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この村の大人が子供の頃に天狗攫いに遭うことはそう珍しくはない。唐突に姿を消し、忘れた頃に戻ってくることが大半である。そして、天狗攫いに遭っていた時のことは綺麗さっぱり忘れ去っているのだ。それがあるから紗弥加も知夏の生存を信じていたのだが…… しかし、戻ってこないパターンも少なからずある。天狗攫いに遭ってそのまま姿を消した少年少女もいるのである。大体ではあるが一年前後を過ぎて帰ってこないと「もう、帰ってこない」と諦めるようになる。 「もう、40年以上経つけど…… ずーっと待っとるんや。息子が生きとったらあんたらぐらいの孫が出来(でけ)とったかもしれんのう。その分、あんたらが本物の孫みたいに可愛(かわゆ)う思うんじゃ」 四人は「ステラ婆ちゃんはもう内心では諦めているんだろうな」と言うことは察していた。それを口に出すような残酷さ無神経さを持ち合わせている者はこの中にはいない。 その四人は、壁際に掛けられていた真っ赤な天狗の面が鼻を屹立させ、ぎろりとした目で睨みつけられていた。 その目線を感じた義圭は思わず目を背けてしまった。 「そう言えば、紗弥加ちゃんは天狗攫いに遭わんかったんか?」 「ええ、この15年間一度もないです」 「そうけぇ…… 攫われへんかったんかぁ……」 ステラは目頭を軽く押さえた。そしてハンカチで涙を拭う。 「そうかいそうかい、秦さんは悲しい思いせぇへんでよかったのう」
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