一章 天狗の仕業

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義圭は夢を見ていた。昨日の朝と同じように、山道を朝靄の中を彷徨い一人歩いている夢である。 夢の中故に目的地がどこなのかは分からない。とにかく、一人で心細く歩いているだけなのだ。 義圭は不安に思いながら歩を進めていると シャン! シャン! と、言った錫杖の(リング)(リング)がぶつかりあう甲高い金属音が聞こえてきた。あの時の錫杖と同じ音である。義圭はその音に恐怖し、足を止めた。 朝靄の中より人影が見える、義圭よりも遥かに大きな体格、身長は180センチから190センチぐらいかと思われる巨影である。その巨影は錫杖の音を鳴らしながら立ちすくむ義圭の元に近づいてきた。 朝靄は徐々に薄くなり、巨影は段々とはっきりとした姿に変わっていく。 ぎょろりとした鋭い目つき、天を貫くかのように屹立した鼻、仙人のように蓄えられた白鬚、その顔の色は燃え盛る炎のように真っ赤であった。ところどころ装飾の付けられた白装束、その広く大きな体の背より見える黒い翼、砂利道を踏みしめる高下駄…… この村にゆかりのある者なら、いや…… 皆が皆、誰でも知っている天狗の姿である。 ぎょろりとした鋭い瞳の中に見える燃え盛る炎、義圭はその瞳に気圧され、金縛りに遭い、その場から動けなくなった。天狗はそのまま義圭の両脇を抱え、体を持ち上げてしまう。 これが天狗攫いと言うやつか。自分はこれからどうなるのだろうと、義圭は恐怖に体を震え上がらせた。 殺されて食べられてしまうのか、生きたまま食べられてしまうのだろうか、殴られたり蹴られたりなどの乱暴をされてしまうのだろうか、それとももっと恐ろしい目に遭わされてしまうのか…… 最悪の想像が義圭の頭を回り巡る。 天狗に(かか)え上げられながら恐怖に体を震わせていると、天狗の後ろより小さな人影が駆けてくる姿が見えた。 その人影は紗弥加であった。 「待って下さい!」 紗弥加が天狗に向かって大きな声で叫んだ。天狗は首をぎぃぃぃーと蝶番の錆びた扉が開くような音を出しながら、後ろに向かって振り向いた。 「その子を連れて行かないで下さい! その子に酷いことをしないで下さい!」 天狗は首を横に振った。そして、白鬚が蓄えられた口を大きく開いた。天狗の口腔内には鮫の牙を思わせる鋭利な歯が生え揃っていた、こんなもので噛まれたとすれば全身はズタズタに引き裂かれるのは間違いない。義圭は全身を震わせて逃げ出そうとするが、天狗の怪力の前にはそれも叶わない。 無慈悲な(きば)が義圭の喉元にじわりじわりと近づいてゆく、ああ、喉元の頸動脈とか言う血管を噛み切って血抜きをしつつ、殺してから食べるつもりか。 義圭はジタバタと必死に藻掻き、無慈悲な刃から逃れようとするが、どれだけ暴れても天狗は無慈悲な刃を遠ざけるつもりはない、子供の力では突き飛ばすことも叶わない。 「助けてお姉ちゃん!」 義圭は紗弥加に向かって助命の悲鳴を叫んだ。
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