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こんな最悪の状態で義圭は林道を歩き続けた。不安に押し潰され、慟哭にも似た嗚咽を浮かべながら歩いていると、朝靄の中に浮かぶ朱鴇色の鳥居が見えてきた。
その鳥居の前では一人の少女が、不安そうな顔をしながら「よっちゃーん! よっちゃーん!」と、必死に義圭の名を叫んでいた。
その声を聞いた義圭は走った。そして、その声の主にそのまま抱きついた。
「怖かったよぉ! お姉ちゃん!」
おう、よしよし。少女は義圭の頭を優しくいいこいいこと撫でた。
少女の名は秦紗弥加(はた さやか)、義圭の従姉妹の姉である。義圭は紗弥加のことが大好きであった。無論、憧れの従姉妹のおねえちゃんとしてである。
「よっちゃん? 朝起きたらいないから、心配になって探しに来たんだからね! この森広いのよ! 一人で行っちゃ駄目って毎年言ってるじゃない!」
「だって…… 昨日の夜に蜜塗りに行った時は迷わなかったし」
「夜は夜! 夜って言っても夕方でしょ!」
「だって……」
「だってもカカシもない!」
紗弥加は義圭の手を握った。それの手は死体のように冷たい。紗弥加はこれはいけないと義圭の手を一生懸命に擦った。懸命の手擦りで義圭の手が温まったところで、紗弥加は自分が上に羽織っていたピンク色のチェックシャツを義圭に羽織わせた。義圭はその瞬間に嫌そうな顔を見せた。
「嫌だよぉ…… こんなピンクの女物のシャツなんか」
紗弥加は「このやろう」と言いたげに苦笑いの表情を浮かべた。
「体冷えてるじゃない。こんなんでも無いよりマシでしょ。お守りと思って着てなさい!」
紗弥加は義圭の手を引き、林道をずんずんと進んでいく。数分程歩くと、義圭のよく知る道になり、そのまま何も問題無く伯母の家に辿りついた。
伯母、秦志津香(はた しずか)は義圭の姿を見るなりに安堵したような表情をしながら駆け寄ってきた。
「よっちゃん! どこ行ってたの!」
義圭は顔を伏せ、志津香に謝った。
「ごめんなさい……」
「山は怖いんだからね! もし崖から落ちたらって…… 気が気じゃなかったのよ!」
「……」
義圭は自分の行動の愚かさを反省し、言葉を失っていた。
「無理矢理にでも…… 止めなかったおばちゃんが悪いね…… 目ェ、離したおばちゃんが悪いね……」
志津香は目に涙を浮かべ、泣き出した。義圭は友人と殴り合いの喧嘩をし、怪我をさせてしまい、母を泣かせたことがあった。その時と同じ罪悪感を覚え、胸が締め付けられる思いに襲われた。
「違うよ、僕一人が悪いんだよ」
義圭はいつも食事を摂る卓袱台の上を見た。その上には、すっかり冷え切った朝食が並べられていた。
「ご飯、冷めちゃったね…… おつゆも温め直さないと……」
「そう言えば、村の人によっちゃん探すように言ったんじゃなかった?」と、紗弥加。
「そうね、村のみんなによっちゃん見つかったこと言ってこないと。ああ、お風呂温めてあるから体温めなさい。ご飯はその後で」
志津香は小走りで家から出て行った。紗弥加は義圭の手を引っ張り、脱衣所に引きずり込んだ。
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