一章 天狗の仕業

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 義圭は半ば強引に追い出されるように家から出されてしまった。 仕方なく義圭は父の言う通りに腹拵えをすることにした。靄に包まれた道を歩く道中、昨日も会った村の男衆達が紗弥加の捜索をしているところをすれ違った。 「紗弥加ちゃーん」と必死に叫ぶ男衆達の姿を見て、邪魔してはいけないと思い、雑貨屋への道を急ぐのであった。さらにその道中、ステラとすれ違う。その手には村の地図が握られていた。 「おんやぁ、今回は酷い目におうたねぇ」 「一体どうなってるの?」 「同じや…… 息子がいなくなった時と同じや……」 「天狗攫い……? そんなわけが」 「なぁんの前触れもなく、フッといなくなるんや……」 「もしかして僕のところ(都会)に行きたくないから家出したんじゃ……」 ステラは義圭の両頬を両手でゆっくりぱんぱんと叩いた。痛みはなく、むしろ温かみすら感じる程に優しいものであった。 「そんなこと言うたらアカン。あの子はあんな子じゃない」 義圭は涙を堪えながら頷いた。それから更にステラは続けた。 「アンタにはあたしみたいな思いをさせとぉない。村の(モン)総動員してでも見つけたるからな!」 ステラの言う通りに村民総出の山狩りが行われた。近隣の山の山岳救助隊や警察までも出動した大規模なもの。天狗攫いに遭う者が珍しくないこの村ではよくあることである。 その捜索には義圭も加わった。ミイラ取りがミイラになることを避けて村民たちは義圭を外そうとしたのだが、義圭の熱意に負けて「決して大人の側を離れないこと」を条件にして捜索の参加を許可するのであった。 隣町から来た警察官が雨翔村の子供たちの行動範囲の聞き込みを行う。義圭は村外の者であるが、この村に毎年夏に来る子供だから遊ぶところも知っているだろうと思い尋ねた次第であった。 「何か怪しい者とか見なかったかね?」 警察官が義圭に尋ねた。義圭はハッとしながらスマートフォンで撮影した怪しい人影の写真を見せた。それを見た瞬間、警察官は首を傾げた。 「山伏に見えるねぇ?」 警察官は近くを通りかかったボランティアの捜索隊の男にこの写真を見せた。 ボランティアの男も写真を見て首を傾げた。 「ウチの村にはいないねぇ」 「えっと、近くの神社の宮司さんがこの格好をしてないの?」 「それも無いかと」 その時、天狗神社宮司の響喜が近くを通りかかった。警察官は写真と響喜の姿を見比べる、二人の服装は和服で真白い色をしているのだが、神職用の袴姿と、山伏の修験装束では全くの別物である。 「あ、宮司さん」 「どうしました?」 「宮司さんの神社で、山伏さんを受け入れてるなどはありませんかな?」 「ありませんな。我々の神社は他の神社さんとは違って天狗様を氏神様としておりますので…… 言わば他の神社さんは他宗派にあたるんですよ。そんな我々が他の神社のものを受け入れることすらありません。まぁ、他宗派との関わりすらないんですけどね」 「そうですか……」 警察官はスマートフォンを義圭に返した。 「君、この写真どこで撮ったんだね?」 義圭は口ごもった。秘密基地で撮ったことを言っていいのだろうか。こんな非常時には小さな情報でも警察に話すべきであることは義圭も分かっていた。 だが、それをすれば三人の誓いは破られることになる。それ故に口を噤んでしまった。
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