一章 天狗の仕業

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 捜索に参加している子供は義圭。他の子供、つまり村の子供は誰一人として参加していない。当然である、天狗攫いがあったばかりなのに子どもを外に出そうなどという親がいるはずはなく、皆、家に鍵をかけて閉じこもっているのであった。 雨翔村村長が汗まみれのYシャツ姿でトランシーバーに向かって叫ぶ。今は川と池の捜索を承認しているところだった。その後ろには地元捜索隊がゴムボートと川底湖底を漁るための長い竹竿を持って走っていた。 「おじさん……」 「おう! 義圭くんか! 君のお姉ちゃんは絶対に探してやるからな!」 村長は今にも泣き出そうな義圭の頭を優しく撫でた。目に溜まった涙を軽く拭った義圭は村長に尋ねた。 「あの、さくらは」 「今は隣のオバンが見てる、さくらは部屋でずっと泣いていてな…… ケンちゃんも同じだ。君たちは紗弥加ちゃんに世話になってたからな」 「そうですか……」 「出来れば君も志津香さんのところで電話番をしていて欲しいのだが……」 義圭は真っ直ぐな目で村長を見つめた。その真剣な眼差しは紗弥加を絶対に見つけたいと強い思いの眼差しであった。それは「子供は邪魔だから帰れ」と言わせない程に強い圧を持っていた。 「おじさんも小さい頃に天狗様に連れて行かれたことがあるんだ。天狗様はきっと俺らみたいに……」 「天狗攫いなんて迷信いつまで信じてるんだよ!」と、義圭は激昂した。 義圭の怒りから出た叫びであった。この村では天狗が本気で信仰されている。この村からすれば天に唾する暴言である。 平時であれば拳骨を数発食らった上で天狗神社に謝罪に行かされるような暴言である。だが、今は平時ではない故に大目に見られるのであった。 その発言を聞いていた響喜でさえも特に叱ろうとはしない。 義圭は天狗神社近辺の捜索隊に混じっていた。天狗神社近辺は地元に明るい警察官とボランティアでメンバーが構成されていた。皆、それぞれ社周りや近辺の林に散開して紗弥加の名前を呼びながら懸命の捜索をしていた。名前をいくら呼んでも返事は帰ってこない……  そうしていると、知らぬうちに義圭は捜索隊からはぐれてしまった、はぐれたと言っても、捜索隊の「紗弥加ちゃーん」と呼ぶ声が聞こえる程度にしか離れていない為、すぐに合流は可能である。 義圭の半袖にハーフパンツから出た手足が蚊に刺され、ぽこりと隆起する、その隆起した虫刺されを爪でかりかりと引っ掻いていると、蝉時雨が急に止み、辺りが静寂に支配された。 義圭の眼前には広がる林、蝉の声も草を踏み分ける捜索隊の足音も声も聞こえなくなったことに違和感を覚えた義圭は自らの耳をぽんぽんと叩いた。 耳と手がぶつかり合う音が確かに聞こえる、目を閉じ、耳を澄ませば、葉と葉が擦れ合う樹々のざわめきも確かに聞こえる。耳がどうにかなったわけではないと義圭は安堵する。 義圭が天狗神社に戻り捜索隊に合流しようと踵を返した瞬間、昨日も聞いたあの音が聞こえてきた。
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