一章 天狗の仕業

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シャン……! シャン……! 錫杖の金属音だ。まさかあいつか? 義圭は辺りを見回すが、それらしい人影はどこにもない。音の方向はどっちだろうか?  義圭はより気を張って辺りを見回し、より深く耳を済ませた。錫杖の音は後方の斜面の方から聞こえてくる。このまま前に進み、捜索隊の大人と共にこの正体を確かめるべきだろうか。そう考えているうちに錫杖の音が小さくなるのを感じた。つまり、錫杖を鳴らしている何者かは離れているということである。人を呼んでいるうちに姿を見失ってはならない。義圭は再び踵を返し、斜面を降りることにした。 滑っているのか、歩いているのかも分からない足でよたよたと斜面を降りる義圭。麓に近づくにつれて錫杖の音は大きくなっていく。 一体、錫杖の主を追いかけて何がしたいのかは義圭自身もよく分からなかった。だが、あいつが紗弥加について何かを知っているような気がしてならないのであった。 斜面が終わった。斜面の終わりは舗装も何もされていない単なる砂利道であった。この砂利道は、義圭がこの前迷子になった際に通った道である。 それを覚えていた義圭は安堵し、砂利道に一旦腰を下ろした、前に来た時は朝靄で周りの景色をよく見ていなかったが、昼過ぎともなれば朝靄の心配はない、林の中故に木漏れ日の光ではあるが、景色はよく見えた。 その砂利道を見守るように天狗の姿をした石造りの地蔵がいくつも並べ置かれ、その地蔵の手には真鍮製と思われる金色に輝く錫杖が握られていた。 その時、一陣の風が吹き、シャン シャンと音を出した。その音は地蔵の手に握られていた錫杖から鳴るものであった。 「お地蔵さまの錫杖が鳴ってただけか」 意味のない勘違いをしてしまった。義圭はバツが悪そうに恥ずかしながら無意識に頭を軽く掻いた。 一人になったことがバレたら怒られてしまう。義圭が再び斜面を上がろうとした時、再び錫杖の音が聞こえてきた。 シャン! シャン! 今度は風が吹いてない。誰か錫杖を持って歩いているのだろうか? 義圭はその音の主を探したが、周りには誰もいる気配がない。錫杖の音はするが人の気配がしないことをおかしいと感じた義圭は、砂利道の上で辺りを見回した。すると、砂利道を踏むような音が聞こえてきた。 宮司さんか、ボランティアの誰かだろう。このまま合流しようかと、その足音に向かって小走りで走った瞬間、ゾクっとした寒気を感じた。この猛暑にも関わらずにである。 砂利道を何者かが歩いてくる…… 錫杖の音と共に歩いてくる…… 捜索隊の誰かだろうか? いや、それはありえない。捜索隊の中に錫杖を持ったものがいないのは一緒に行動していた義圭がよく知っている。 義圭は立ち並ぶ天狗地蔵の中で一際大きなものを祀った社の裏側に隠れ、身を潜ませた。 先程まで知りたかった錫杖の音の主、それを確かめ、それが目の前にあると言うのに体が震えあがってしまった。義圭は自分でも理由(わけ)が分からずに竦み上がってしまったのである。
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