一章 天狗の仕業

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 あれから二週間…… 大規模捜索が続くものの、成果は出ず梨の礫。 義圭が見た天狗と思われる男に関しても何も手がかりは無し、周りは子供の勘違いだろうと馬鹿にするのだった。義圭はそれでも負けず、必死に大人たちに天狗を見たということを訴え続けた。「天狗様に会えたのねぇ」と好意的なことを言ってくれる人もいれば、「捜索を混乱させる悪戯者めが!」と心無い言葉を投げかける者もいた。 やがて、紗弥加の大規模捜索は打ち切りとなり、後は地元民による小規模な捜索が続くのみとなった。その頃になると、志津香も大分落ち着いてきたのか一人で家事をこなせるようになっていた。 義圭の父も「もう大丈夫だろう」とし、東京への帰り支度を始めていた。 そして、夏休みも終わりかけとなる8月27日、義圭は東京に帰ることとなった。 その日の朝、義圭はあの日のかぶと狩りで採集した昆虫達を山に返した。虫籠を開けた瞬間に甲虫達が一斉に飛び、山へと還って行く…… その甲虫の中には黒いダイヤと呼ばれるオオクワガタが混じっていたのだが、義圭にとっては知らないし、どうでもいいことであった。 ちなみ、このオオクワガタは東京に戻って然るべき場所に売れば数百万円の値打ちがつくほどの大きさである。 「山の中で姉ちゃん見かけたら、戻してあげてな」 空になった虫籠をじっと見つめる。その瞬間、タクシーのクラクションが鳴り響いた。車を出すという合図である。 「駅まで送らなくていいの?」 義圭が夏休みの序盤からずっと世話になっていた志津香だが、紗弥加がいなくなって以降は、白髪が増え頬骨が浮かび目の窪みが少し深くなり、体全体も細くなり、目に見えてやつれていた。たった二週間程であるが、十歳ぐらいは老けたように感じられた。 そんな志津香に義圭の父は返す。 「結構ですよ。義姉(ねえ)さんはゆっくり休んでいて下さい」 「そうね、近頃は座って電話待つのも辛いから、枕元に電話置いて待つぐらいだし」 「友美恵の奴に言って、ここ来て世話するように言いましょうか? 僕らなら二人でなんとかなりますし」 「いいのよ、友美ちゃんはこの村には来たくないでしょうし……」 「そうですか、無理だけはしないように。僕らも紗弥加ちゃんが帰ってくるように祈ってます」 二人はタクシーの後部座席に乗った。窓際の席に座った義圭と志津香の目が合う。 「よっちゃん、また来るんだよ」 ここで「また来年の夏もよろしくね」と義圭が言うのが毎年夏の恒例行事である。だが、義圭は何も言わずに申し訳無さそうに目を反らした。 「じゃ、駅までお願いします」 タクシーは発進した。志津香は二人の乗ったタクシーを見送り、手を振った。タクシーが見えなくなった辺りで力なくよろよろと歩き、寝室に敷かれた布団の中に潜り込んだ。
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