ニ章 天狗様

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ニ章 天狗様

 むせ返るような暑さに蝉時雨、風光明媚な山々を背景にして青々と輝く天駆米の稲穂、この村はいつも変わらないなぁ。 そんなことを思いながら義圭は何本もローカル線を乗り継ぎ、疲れた体を奮い起こして電車から降りた。そして、駅前のロータリーに待機中のタクシーを拾った。 「おや、お客さん見ない顔だねぇ。村のモンじゃないだろ?」 話し好きのタクシー運転手か…… 鬱陶しい。頼むから黙って粛々と安全運転していてくれよ。それに話し方もフランクで客に対する話し方ではない。 義圭はそんなことを思いながら、顔には出さずに高校入試の面接対策で練習し、染み付いた笑顔で対応するのであった。 「ええ、東京から」 「あんれまぁ、まだ子供なのに電車乗り継いで来たんか? 偉いねぇ?」 義圭の父は海外に出張中、母の友美恵は「あの村には何があっても絶対に行かない」と強情を張ったために志津香の葬儀には一人で参列することになった。実の姉の葬儀に参列しないとはどういう事だろうか。 義圭も疑問には思ったが、母が「雨翔村」と聞いただけで顔を真っ青にして震え上がる姿を見ると、とてもではないが一緒に行こうとは言えなかった。 葬儀の費用ではあるが、桜貝の父が全額出し、喪主も引き受けてくれることになった。実質、村民葬のようなものである。 義圭はタクシー運転手に尋ねた。 「えっと…… この村って何か身の回り品を揃えるような商店ってありましたっけ? ちょっと昔までは外国人のお婆ちゃんが経営するお店あったはずなんですけど。殆ど着の身着のままで来たもんで身の回り品が欲しいんですけど」 「ああ、ステラさんところけ? まだあるよぉ。でも、ちょっと潰れかけてるかな? 去年の話なんだけどね、ついにコンビニが入ってきたんだ。そっちに客取られてまってよ」 「ええええーっ! この村にコンビニが?」 「この村って米農家多いやろ? 日本を代表するブランド米の天駆米の農家ばっかりや」 「ええ、知ってます」 「そんでな、全国から米の買い付けに来るやつが増えてきたんだ。あ、ここ数年の話な。米の買い付けにきた農業関係の人らがここいらの不便さにブチギレてな、村長と相談して村の開発を始めたんだ」 「村の開発?」 「まずトラックが入れるように、都会の道路に繋がるようなトンネルをいくつも掘って、道路も増やしたんだ。これまでは車一台しか入れない狭いトンネルと単線のローカル電車のトンネルしかなかったろ?」 「はぁ……」 電車に乗った時に窓の外から見た風景、確かに風光明媚な山々の風景だったのだが、三年前とは違うことがあった。道路が加わっていたのである。 タクシーから見る窓の外の風景もやけに家が増えている。それに加え豆腐に窓を付けたようなコンクリート製の建物が増えていることに気がついた。その建物には○○林業や☓☓建築と言ったゼネコン系列の会社名の看板が掛けられている。 山の麓には豆腐を縦切りにして窓をつけたような団地までもが建ち並ぶ。 いずれも義圭が最後にこの村に足を踏み入れた時には当然なかったものである。 「二年前かな? この村の木の質がいいってことが分かってな。山師の奴らが(こぞ)って、この村に入ってきたんだ」 「はぁ……」 「この村の山持ちは、みぃんな山師に木ぃ売って生計を成すようになったんだ。あそこにある団地は山師の家族が暮らしてる場所だよ」 「じゃあ、村の人口なんかは?」 「ああ、爆増よ。来年には町になるぜ」 「雨翔町ですか」 「今の村長の日野…… もう何期目か覚えてねぇけど、今度の村長選が最後かもしれねぇな。次からは町長選挙になるんだからな」 「ははは」 田舎の村長がいきなり町長か。あのおじさんも偉くなったもんだ……  義圭は軽く笑った。
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