ニ章 天狗様

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その帰りのバスのこと、日野村長が義圭の隣に座った。 「後はお家に帰って終わりだよ。今日はお疲れ様」 神道式の葬式の最後。自宅に戻り、手を塩水で清め、霊前に葬祭が終わったことを報告し、葬儀を執り行った神職の方々を労って終わりである。 それから五十日後の神棚封じが終わった後に故人の魂が入った霊璽を神棚に入れることで、故人はその家を守護(まも)る氏神様となり、神道式の葬儀は終了である。 神棚封じ。自宅にある神棚の扉を閉じて白い紙を貼り、死の穢れを避けること。この間は参拝やお供えなどは避けなくてはならない。仏教の喪が開ける四十九日と違い、神道の喪開けは五十日とされている。 「いえ、村長さんの方こそ有難うございました。本来なら、親類の僕がやらなきゃいけないこと全部やってくれて感謝しかありません」 「いやいや、君はまだ中学生の子供じゃないか。まぁ、公職選挙法には間違いなく引っかかるけど。故人も悼めないぐらいなら村長の座なんて他人にくれてやるよ」 「すいません、本当にありがとうございます」 「少し粗忽なことを言わせて貰うが、ニ度もあのボタンを押さなくて済んでホッとしているところがあるんだ」 「二度、ですか」 「ああ、桜貝から聞いとらんかね? うちのカミさんの話」 「いえ、全く」 桜貝はバスの後部座席で兼一と何やら話をしていた。一応は志津香に世話になっていたので、その思い出話だろうか。日野村長は桜貝に聞かれないために小声で口を開いた。 「実はな、自殺しとるんだよ」 「え? 自殺って……」 「桜貝を産んでから程なくにな。桜貝には病死だと伝えてあるがな」 いきなりの事実を知らされ、義圭は言葉を失っていた。下手な慰めの言葉すら用意することが出来ないし、思いつきすらしなかった。 「村のモンはみぃんな知っとることよ。知らんのは村の子供たちぐらいだ、一部の子供たちは分かってて黙ってる奴もおるがな」 「はぁ……」 義圭は「どうして自殺したんですかね?」と、極めて不謹慎かつ無神経なことを聞きたかったが、それを口に出すことはしなかった。 特に理由もないし繋がりもないが、義圭には引っかかることが一つだけあった。そして、それを無意識に口に出してしまった。 「天狗攫い……」 それを聞いた瞬間、日野村長の顔が青ざめた。わかりやすい人だ。 義圭はバスの窓に頬杖をしながら軽くため息を吐いた。 「こういうことを言うってことは、君のお母さんのことも知ったのかい?」 「ええ、知ってます」 「そうか…… 因果は巡るということか」 日野村長は一拍置いて真剣な眼差しを見せた。義圭はその真剣な眼差しを見て反射的に尋ねてしまった。 「え? 因果って……」 バスが志津香の家の前に着いた。それと同時に日野村長はポケットから鍵を取り出した。 真剣な眼差しは一気に鳴りを潜め、いつものえびす顔のような細目に戻った。 「そうそう、志津香さんの家の鍵だ。今、この村に志津香さんに親しい親族は君しかいない。だから、君があの家を管理したまえ。あの家を廃屋にするかどうかは東京に帰ってから、友美恵さんとでも相談してくれな」 日野村長は義圭の両肩を力強く叩いた。それは「何か」の期待が込められているように感じられた。
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