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「分かった。気が向いたらしとくよ」
「何よ、気が向いたらって」
桜貝は義圭を軽く小突いた。何とも言えない痛みを感じていると、兼一が義圭の手元からスマートフォンを分捕った。
「何するんだよ」
「いや、都会の珍しいモンでも写真にないかなって。パンダとかでっけービルとかないの?」
兼一はスマートフォンの画像フォルダを延々とスクロールし、珍しい写真を探す。特段珍しい写真は無く友人と撮った写真や、修学旅行で行った寺社仏閣、家族旅行で行った観光地などと言ったものばかりであった。
珍しい写真と言えば母親の友美恵がたまたま栽培していた「月下美人の花」が咲き、深夜にも関わらずに起こされ、寝ぼけ眼で撮影したそれぐらいであった。
画像フォルダの一番目には三年前、この場所で撮った天狗の後ろ姿の写真があった。機種変更の際に「気になる」写真だったので、赤外線通信でこの一枚だけはと移したものである。
「この写真…… もしかして」
「そうだよ、三年前に撮った天狗様の写真。データ移したの」
義圭は思い出したように続けた。
「俺がいない間に天狗様…… いや、この男みたいな不審者出てきた?」
二人は目配せをして「どうだっけ」と言った感じのアイコンタクトを交わした。そして、二人同時にぶんぶんと首を振る。
「この三年間、見てないってことか。ちなみに聞いとくけど、その…… 天狗隠しなんかは」
「無いよねぇ……」
「人がいなくなったと言えば、余所者が山に入って遭難したぐらい? 未だに見つかってないから多分熊か野良犬の腹の中?」
義圭は溜息を吐きながらスッと立ち上がり、兼一の手にあったスマートフォンを分捕った。
「帰る」
「え?」
「もう帰るわ。帰り支度しないと」
義圭は冷蔵庫に入れておいたジュースをレジ袋に詰め込んだ。
「はぁ? まだのんびりしましょうよ? うちらの学校とかまだ案内する所が」
もう、あんたらのプライベートに興味ない。義圭はそう言いたげにぷいと顔を背けた。
「ちょっと、今日人当たりして」
こんな田舎で人当たりしたと言う言葉を使うこと事態がありえない。
だが、人当たりしたように疲れているのは事実。義圭は早く家に帰りたくてたまらなかった。
「今日は楽しかった。ありがとう、また今度」
義圭は今来た道を全力で走り戻る、矢の如く走った。むせ返るような暑さの中の道中を全力で駆け抜けた。
その道中は全て三人の思い出がある場所、もうあの時の三人には戻れない、走れば走る程に思い出が過ぎ去って行く、家に戻り買った荷物を投げ捨てるように置き、すぐに敷かれたままの布団に倒れ込んで枕を濡らす。
涙で滲んだ目で先程、スマートフォンに収めた撮ったばかりのスリーショットの写真を見る。
「ちきしょう…… これじゃあ、ただの童貞の僻みじゃないか!」
義圭は悔しさと疲れに包まれながら眠りに就くのであった……
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