ニ章 天狗様

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「そう言えば、この村って山奥入れないの?」 「どうしてです?」 「あたし、山深いところでオオクワ探そうと思ったのよ。山奥に行く道がみぃんな注連縄(しめなわ)で封鎖されてるの」 「ああ、天狗神社の土地ですね」 「この村、異常なまでに天狗崇拝してるよね? なんか薄気味悪いぐらい」 義圭は慌ててシーのポーズを取った。こんなことを村の者に聞かれれば、何をされるか分からない。義圭は首を左右に動かして村の者がいないかの確認を行った。居るのは見慣れない男が二人のみ。義圭は安堵した。 ちなみに図書館司書はおらず、資料館の館長が本の貸し借りの管理を行っている。図書館が出来て以降、本を借りに来た者は誰一人としていない…… 義圭は小声で囁くように述べた。 「この村、天狗信仰だけはガチなんで…… 村の中であまりそういうことを言うのはよした方がいいかと」 「ホント変わった村ねぇ…… さっさと帰りたいわ。どこ行っても天狗があるから見られているようで気持ち悪いのよね」 それを言いたいのは俺だよ。義圭は軽く溜息を吐いた。 「そうそう、この村に何かもの売ってる場所ってないかしら?」 「コンビニと雑貨屋さんしかありませんよ?」 「やっぱり? 大きい入れ物欲しいのよね。そう、ポリバケツみたいな」 「ポリバケツ?」 「大量に虫を持ち帰りたいじゃない?」 義圭はポリバケツ一杯にワシャワシャと蠢く甲虫の姿を思い浮かべた。 その甲虫達が蠢く姿を想像しただけで三年前のことを思い出してしまう。 「僕、三年前のかぶと狩りで大量に獲ったことあるんですよ。多分ですけど、その中にオオクワいました」 「興味深い話題ね」 「今は封鎖されてる天狗神社の奥の奥に大きいクヌギの木があるんですよ。夕方のうちにそこの木の皮に蜜を塗って、明日の朝に取りにいくんです」 「なるほど、地元民だけの穴場って訳ね」 「でも、封鎖されてるんで……」 「そう…… それは残念ね」 安里は残念そうな顔を見せた。だが、その口端は僅かに上がっている。 夜の闇に紛れてこっそり侵入とかしないでくれよと義圭は考えてしまう。 「じゃ、色々と調達しないとね。あのどこの出かも分からない西洋人の婆さん愛想悪いけど、あそこで買うしかないかぁ…… この際我慢ね」 安里はスッと立ち上がり、義圭にバイバイと言った感じに手を振った後に一礼を行う。その手の指先にはラメがキラキラとしたネイルアートが施されていた。そして、小走りで図書館を後にするのであった。
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