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義圭は一人で醤油ラーメンを啜っていた。わかりやすく単純な醤油ラーメンである。業務用の昆布をベースにしてラードを浮かべた醤油スープ、そのスープを絡めた製麺所で作られたような等間隔の太さを持った縮れ麺、細かく切られた細ねぎの風味、正月のお節料理で最後まで残って干からびかけた蒲鉾と似たような味をした右巻きのなると、瓶詰め特有の塩辛さの中に甘さを含み唐辛子の辛さで深みを増したメンマ、薄く日に翳せば太陽が透けて見えるぐらいの職人芸でスライスされたチャーシュー。
義圭がそんな醤油ラーメンに舌鼓を打っていると、真向いの席に背広姿の恰幅の良い男が座ってきた。村では見ない顔である。
「ご一緒、させて貰っても宜しいですかな? 人恋しいもので」
いい歳したおっさんが人恋しいとはどんな了見だ…… 飯ぐらい一人で食えよ。と、義圭は言いたかったが、断る理由もないため食事の席を一緒にすることを許可した。
「どうぞどうぞ」
「すまないね。どうも私はこの村では余所者の扱いをされているようで食事に誘っても誰も来やしない」
「あの、村の人じゃありませんよね?」
「これは失礼、申し遅れた」
恰幅の良い男は懐から名刺を取り出した。先程の安里と違い名刺の扱いはキチンとしているのか、両手で丁寧にゆっくりと義圭に差し出した。
義圭は醤油ラーメンの乗ったトレイを一旦右に寄せ、その名刺を受け取った。
「社長さんですか」
「そうです、知りませんか? 湯~愛(ゆーあい)グループと言う温泉リゾートの方を経営させて貰ってる、出水大作(いずみ だいさく)と申します。以後よろしゅう頼みます」
湯~愛(ゆーあい)グループ。中日本を中心に温泉ホテルリゾートを運営している企業である。バブルで廃業したホテルや企業の保養所や公的施設の箱物の跡地を買い取り、ホテルとすることで事業を拡大してきた。
平成の末より日本に来る外国人観光客向けに業務をシフトしたことにより、その勢いは留まるところを知らない。
令和になった現在でも、その勢いは続いている。
「ああ、あの有名な会社の社長さんでしたか。もしかして、この村に温泉でも作りに来たんですか?」
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