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食事を終えた後、義圭は再び勉強を始めた。理科、社会の暗記系の教科から数学に切り替えを行う。数学は得意ではないが、試験教科に入っている以上は仕方ないと渋々と問題集に取り掛かる。
義圭がとある二次方程式の問題を解こうとしていると、因数分解が出来ずに詰まり、ノートの隅にコツコツツンツンとシャープペンシルで突いて黒胡麻を作るに至っていた。
「一人じゃ解けないか」
この問題は、東京に戻った時に塾の教師に聞くことにしよう。
次の問題に入ろうとした時、義圭の後方より神の啓示とも言える声が聞こえてきた。
「因数分解が出来ない時は、解の公式に当てはめるんだよ。ちなみにこの問題だけど、解の公式に当てはめると√の中がマイナスになるから解なしだ」
うっかりしていた。因数分解がダメな時は解の公式に切り替える、散々やってきたことなのにど忘れしていた。やっぱり数学は嫌いだ。義圭は解けなかった問題を解の公式に当てはめた。
答えは後ろから聞こえてきた声の通り√の中がマイナスとなり、解なしであった。
紙に書きもせず、見ただけで答えを言い当てた主の顔を見ようと義圭は振り向いた。そこにいたのは壮年の男であった、ワイシャツのボタンをキチンと最後まで止め、ネクタイも派手すぎないペイズリー柄、少しウェイブのかかったツーブロックヘア、ぱっちりとした二重瞼で眼光は鋭かった。
見ての通り、真面目な男だが、僅かながらに取っつきにくい人だなと言う印象を受けた。
「あの……」
「ごめんごめん。君の後ろを通りかかったら数学の宿題やってるのが見えてね、解なしの問題を飛ばしてるのが見えてしまったんだよ。つい口を出してしまった」
この男、チラリと見ただけで二次方程式を解いたのか。なんと頭のいい男だろうかと義圭は驚いてしまう。
「君、難しい宿題やってるねぇ? この村の中学生がやるようなもんじゃないよ? 進学塾でやるような問題だよ、これ」
「宿題…… じゃないんですけどね」
義圭は自分のことを説明した。壮年の男はうんうんと言った感じで義圭の話に耳を傾ける。
「なるほど、東京者か。通りで日焼けもしてないと思ったよ」
「伯母の葬儀でこっちに来てるだけなんで。遅れを取り戻さないと」
「受験生は今の時期が大事だからね。頑張るんだよ?」
壮年の男は義圭の肩を ばんばん と、言った感じにエールの意味も含めて強めに叩いた。
「ああ、そうだ。自己紹介を忘れていたね。君一人に自己紹介をさせてしまった。すまない」
「いえ……」
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