ニ章 天狗様

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「私は銀男(ギン ナム)、漢字で銀の男と書く」 「中国か韓国の方ですか?」 義圭は「男(ナム)」と聞いて、銀男を大陸系の人間だと考えた。 「中国だよ。と、言っても返還前の香港生まれだけどね。今は名古屋の大学で心療内科医と教授をやらせてもらっている」 この人、医者だったのか…… 頭が良くて当たり前か。義圭は納得するのであった。 「ところで、こんなド田舎の村に何を?」 「民俗学の調査をね。ここの天狗信仰について」 「え? 近頃はお医者さんでも民俗学の研究をするんですか?」 銀男は義圭の対面の席に座った。そして、自分の研究について説明を行う。 「厳密に言うと、隔絶された地域における群集心理の調査なんだけどね」 「え? カクゼツとか、グンシュウシンリとかって?」 「この雨翔村は周りを山に囲まれていて、他の地域から離れているじゃない? 言わば余所者の侵入を許さない天然の要塞みたいなものだ。それを隔絶と言う。そんな隔絶された環境では、村特有の習慣(個人)や慣習(村全体)や風習も独特のものとなる。この村なら天狗信仰がそれにあたる。形こそ神道だけど、神道の八百万の神々を主神とはしない。天狗を唯一絶対神とするのは独特だ。そのような独自性のある宗教を信仰する群衆の心理状態の調査に来ていると言うわけだ」 「な、何となくですけどわかりました」 義圭は文系を選択してはいるものの、銀男の話が三割程しか理解できなかった。それ故に適当に相槌を打ってしまった。 「これは何より」 義圭はチラリと銀男が座っていた机を見た。机の上には山のようにハードカバーの本が積み上げられていた。銀男がそれに気がつく。 「ああ、あれ全部この村の歴史書だよ。江戸時代の辺りからずっと調べているんだ」 「この村、昔からあるんですね」 「長いよ、名前は何度か変わっているけど」 「へー、始めはどんな名前だったとかって分かったんですか?」
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