ニ章 天狗様

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「天狗村」 「そのままだったんですか」 「数百年前、江戸時代ぐらいかな? この村から天狗石を中心とした採石業が成り立った頃は天狗村って名前だったみたいだよ。今の名前になったのは、高度経済成長期ぐらいなんだ。霧のような雨が降るようになって雨が翔ける村と書く今の呼び名に改名したそうだよ」 「お米の名前もなんか似てますよね」 「あのお米、美味しいよねぇ。でも、日本のお米の味じゃないんだよ。どちらかと言うと欧州の麦に味が近い。それはともかくとして、天駆米って言うのはそこから付けられたのかもしれない。それはまだ調査中さ」 「不思議なお米ですね」 「栽培されだしたのも、つい最近だよ? と、言っても昭和中期…… 朝鮮戦争の特需や東京オリンピックとかの時期ぐらいになるね。村の名前が雨翔村に改名したぐらいだ。そのことに関して、本だけじゃあ曖昧なところがあったから村のおじいさんおばあさんに聞いたんだけどね。ろくに話もせずに追い返されてしまったよ」 本日三度目の村の排他性の話である。義圭はこの村の余所者嫌いに疑問を呈すようになっていた。 「ホントは皆優しい人なんですけどね」 「それなんだよ。身内には優しいけど、余所者には冷たい。こうした隔絶された村はこういった傾向にあるんだ」 義圭はそれを聞き何も言えなくなった。しばしの沈黙の後、銀男は(おもむろ)に口を開く。 「天狗攫いって知ってるかね?」 義圭の顔色がいきなり変わった。知っているも何も、その被害者の身内である。義圭の心は乱れに乱れ歯がガチガチと震わせてしまう。 それは無言の肯定に他ならなかった。それを察した銀男は「なにかあるな?」と察して踏み込むことにした。 「この村、失踪したまま帰ってこない人もいるみたいだね。この村の失踪者数が増えていると県の犯罪白書で見たもので気になっていたんだよ」 義圭は紗弥加のことを話そうかどうか迷っていた。だが、歯がガチガチと震えてその言葉がなかなか出てこない。 「この村の天狗攫いは本来の意味と違ってそうだね…… 本来の天狗攫いの説明に入る前に、天狗とは何かって話から始めよう」 銀男は天狗とは何かを語り始めた……
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