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義圭は銀男の車に乗り、街灯も少ない暗夜行路の畦道を進んでいた。義圭は助手席で頬杖をつきながら暗闇で何も見えない田んぼを眺め「もーもーげーこげーこ」と熱唱を行うウシガエルの合唱コンクールに耳を傾けていた。
銀男は音楽でも聞こうと思いカーラジオの電源を入れたが、どこにチューナーを合わせても聞こえるのはノイズのみである。
「ラジオの電波も届かないんですよ、ここ」と、義圭。
「僻地、とは聞いていたがここまでとは」
「あの歌まんまですよ。テレビも無い、ラヂオも無い」
「私が日本に来た時に流行っていた歌だね。君、生まれる前の歌でしょ? よく知ってるね?」
「テレビで田舎が映ると大体流れる曲ですから…… 昭和の曲って耳に残りますよね」
「令和の時代になっても、音楽のコンテンツは昭和頼みなところがあるね。テレビで名曲コンサートなんてものを放送すれば、大体が昭和の曲だ」
「日本の人口分布に昭和生まれがまだ多い証拠じゃないですか?」
「お、いいところつくねぇ。64年もあれば昭和生まれが多いのも当然だね。けど、平成に生まれた子なんかも昭和の歌とか好きな子多いよ?」
「さっき、日本に来た時に流行っていた曲って言ってましたけど…… 80年代に日本に来たんですか?」
「ああ、1984年だよ。さっき君が言った曲も1984年のものだよ」
「どうして日本に? それも日本でお医者さんにまでなって……」
「12歳の頃に日本に来たのは治療を受けるためだったんだ。あの当時の中国はまだ発展途上中で医療制度も今ほど整えられてなかったからね」
「失礼ですけど、病気か何かだったんですか?」
銀男はくくくと笑った。心療内科医と言う人の心の中にズケズケと入る職業ではあるが、いざ自分が入られるとこんな気分なのかと言う驚きから来る笑いである。
「君は私を見て、男か女か分かるかね?」
髪が短いことと、顔つきと、声の低さと、体つきと、肩で歩く歩き方で銀男が男であることは明白。義圭はコクリと肯定するように頷く。
「私は見ての通り男だよ? 疑うなら後で風呂にでも一緒に入って確認するといい。だが、12歳の頃まで私は男でありながら女と思い込んでいたんだよ」
「LGBTのT、でしったけ?」
銀男はフッと冷笑を浮かべる。
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