ニ章 天狗様

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「それとも違うんだよ。私の親戚の従姉妹のお姉ちゃんは皆女の子だったんだよ。私は親類の中では一番年下で唯一の男だったんだ」 「女ばっかりの一族の一番年下の男の子、可愛がられたんですか?」 「ああ、宝物のように扱ってくれたよ。玩具(おもちゃ)扱いと言った方が良いかもしれない。私は親戚のお姉ちゃん達の着せ替え人形にされていたんだ」 義圭はその言葉の意味がわからずに首を傾げた。銀男は険しい目つきで車のライトに照らされた暗夜行路を見つめた。そして、おもむろに口を開いた。 「着る服は桃色(ピンク)のフリルの入ったものや、真紅(レッド)の水玉のワンピースなどと言った女児向けの子供服(チルドレン)ばかり、従姉妹のお姉ちゃんのお古を次々と着せられていると思ってくれていい。尚且、生まれた時から髪も伸ばしていたからね、ツインテール…… と、日本では言うのかな? お下げまで作っていたんだ。従姉妹のお姉ちゃん達はこれが面白かったのか、家に遊びに来る度に服を持ってきては私に着せていたんだ。家が近所だったせいか、頻度は多かったよ。こんな生活が続いていくうちに常時女の格好をさせられるようになってしまったよ」 「いわゆる男の娘(おとこのこ)ってやつですか。(おとこ)(むすめ)って書くやつです」 「日本にはこういったネットスラングがあるんだね。あれは漫画(カートゥーン)やアニメだから好意的に見てくれるもんだよ? 実際にいたら笑えないもんだ。幼児学級(日本で言う幼稚園)のうちはまだ笑って許されていたが、初等学級(日本で言う小学校)にまでなれば笑って許されることはない。子供と言えど物の分別は理解(わか)年齢(トシ)になるからね。その頃には、自分はおちんちんのついた女の子だと思いこんでいたよ」 「おちんちんのついた女の子って……」 「自分は男なのに女の格好をさせられ、下着も白ブリーフからショーツを履くようになって、トイレも常に座ってするようになった、便座を上げて用足しを終え、入れ違いでトイレに入った従姉妹のお姉ちゃんに怒られたのが心的外傷(トラウマ)になったのかもしれないがね」 「ここまでくると、行き過ぎですよね」 「こんな生活を12年続けてきたせいで、自分は女だと思い込むようになった。しかし、股間のシムボルが外れる訳でもないし、ショーツに夢精をダラダラ垂れ流す年齢(トシ)になったおかげか、自分は男であると言うアイデンティティーは保っていた。しかし、着てる服や髪型や趣味は女そのもの。自分は男だが女と思い込んでいる精神状態にされてしまったんだ。えっと…… 二重思考(ダブルシンク)とでも言った方がいいだろうか。知っているかね? 有名な小説に出てくる言葉なんだけど」 「1984…… ですか? 数年前にアメリカの大統領が変わった当時に流行っていた本があるって言うから手出してみたんですけど、話が難しくて……」 「それが分かっているなら話は早い」 二重思考(ダブルシンク)。相反する二つの考えを同時に受け入れ、肯定すること。 ジョージ・オーウェルの小説「1984年」に登場する思考能力である。 「私は男であることと、女であることを同時に受け入れてしまったんだよ。おちんちんが付いている時点で私は男だ、だが、髪も長く着ている服はピンクの女物で下着も可愛い猫のキャラクター者のショーツ、男がそんな服装をするわけがない、だから私は女だ。他にも男である根拠、女である根拠を列挙出来るのだが、話が長くなるから分かりやすい例だけにさせてもらうよ」 二重思考(ダブルシンク)の時点で難しい話で義圭はついていくのが精一杯。コクリと理解したかのように頷くものの、理解が出来ているかどうかは義圭本人もあやふやであった。
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