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「お互いに矛盾していることは分かっているが、矛盾していないものとして受け入れた結果が男なのか女なのか線引きが難しいあやふやな男の誕生だ。それが12歳までの私だ」
「12歳になって何があったんですか? 日本に来たことと何か関係が?」
「初級中学(日本で言う中学校)に入る時期になってね、制服のスカートかパンツかの選択を迫られてね、二重思考状態の私はどちらを選べばいいか迷ったし、どうしても選べなかった。この『悩み』が体を蝕むようになってね、胃潰瘍に下痢に嘔吐、女であることを肯定したことでの勃起不全もあったかな。親も『事態』を察して医者にかかることになったんだ。しかし、当時の中国はまだ国民皆カーキ色の人民服を纏い、自転車が人民の足と言った途上国の時代…… 医学もまだ他の国に比べてかなりの差がついていたんだよ」
「ようは中国にこういった精神状態を診ることが出来るお医者さんがいなかったってことですよね」
「だから、日本の心のお医者さんにかかることになったんだ。数年の治療の末にやっと、私は『男』を取り戻したんだ。この時に医者に優しくされたことで『心のお医者さん』になりたいって思って、そのまま日本に留学して、大学卒業して院までとって『心療内科医』になったわけだ」
大変だったんですね。ご立派になられたんですね。と、言った陳腐で月並みな慰めの言葉やお褒めの言葉で返すのも失礼にあたるような重い話だった。
義圭は何を言えばいいのかがわからなかった。何を言えばいいのか迷っているうちに家の街灯が見えてきた。
「そこの玄関の街灯のトコです。庭はある程度広いんで、車は隅にでも停めといて下さい」
銀男はウィンカーを出し、門をくぐり、秦家の庭に車を停めた。車の降りしなに銀男は義圭に礼を言った。
「ご静聴、ありがとうございました」
「い、いえ……」
「私の性的嗜好はちゃんと女だよ。妻も子もいる。あんな話をした後だから誤解されても困るから一応言っておくね」
「そんな事、全然思ってませんよ」
二人は車を降りた。銀男は暗いながらに秦家の外観を見上げた。
「大きい家だね」
「昔からの田舎で土地が広いだけですよ」
「そうだ、記念にこの家の外観写真一枚いいかね? こういった木造板張り二階建てな日本家屋は今や珍しいよ」
「別にいいですけど、今、夜ですよ?」
「心配無い。今のスマホは優秀だよ? 軍隊が使うようなNVG(NIGHT VISION GOGGLE)ぐらいの暗視性能がある機種だよ」
銀男は家の外観写真を一枚撮影した。義圭は「明日の朝撮ればいいのに」と苦笑いを浮かべていた。
「じゃ、一晩お世話になります」
「いえ、こちらこそ」
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