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「お風呂いただきました~」
銀男は全身に湯気を纏い、タオルをターバンのように巻きながら風呂場から出てきた。
義圭は数日掃除を怠けただけで、すっかり溜まった神棚の埃を羽箒で払っていた。
「神棚の掃除かね」
「ええ、神棚封じ中ではありますが、埃払っとかないと」
「確か神道では死者はその家の神棚に宿るんだったね。綺麗にしておくのはいいことだ」
「ええ、伯母さんも家に帰ってきた時に、神棚が埃だらけだとビックリしちゃいますからね……」
「伯母さん? この家に一人で暮らしていたのかね? 一人で暮らす割には広い家だが……」
「元々は…… 旦那さん、僕の伯父さんに当たる人と、娘さん、僕の従姉妹の姉にあたる人と暮らしていたんですけど二人共…… 天狗攫いに遭ってしまって」
「すまない、悪いことを聞いてしまった」
「いえ、いいんです。二人とも生死不明なので」
銀男は図書館にて「天狗攫い」と口にした時の義圭の尋常ならざるぐらいに怖れ震えた態度のことを思い出した。そうか、この子は天狗攫いに親族を攫われた被害者だったか。詳しいことを聞きたいが、心療内科医としては知り合ったばかりの人間の心の中に不必要に入ることは許されざること、何も聞かないことにした。
銀男は手荷物の鞄からノートパソコンを出した。
「ここ、Wi-Fiとか入れているとか無いよね」
「そんなハイテクなもん、この村にゃありませんよ」と、義圭は笑う。
「海外にいる親友にこの村のレポートを送りたかったのだが、仕方ない。後日にしよう」
「中国にお友達でもいるんですか?」
「いやいや、日本人だよ。欧州で民俗学者をしているんだ」
「ヨーロッパ…… ですか」
「魔女狩りとか、地元領主が独自に作り上げた宗教の研究をしている」
「日本より血生臭そうですね、後は陰湿そう」
「親友曰く、日本も欧州も名前が違うだけでやることは変わらんそうだよ。世界中の民俗学を調べたら共通することが多くて驚きの連続だそうだ」
銀男はそう言いながらノートパソコンにマウスを接続した。コードが長いのか持て余している様子に見えた。
「あれ? 有線マウスって珍しいですね」
「このパソコンは私が病院内でも使ってるやつでね。無線マウスの電波が医療機器に影響するかもしれないから、ウチの病院内のマウスはみんな有線だよ。Wi-Fiもご遠慮頂いてる」
「徹底してるんですね」
「さすがに不便だからWi-Fiぐらいは入れようと電波の調査を今してるところさ」
銀男はマウスのケーブルの長さを鬱陶しく感じたのか束ね始めた。一纏めにしたケーブルを結束バンドでキツく締めた。
ちなみにステラのしょうせい屋に足を運んだ際に、何も買わずに帰るのも失礼と思い、適当に手に取って購入したものである。
「丈夫だねぇ、農業用結束バンド。大量買いしとけばよかったかな。でもあの婆さんの接客受けたくねぇな」
「あの婆さんってステラさん…… 雑貨屋の婆さんですよね」
「余所者に冷たい婆さんで困るよ、天狗信仰の話を聞こうとした私も悪いかもしれないが『いらっしゃいませ』に『ありがとうございます』すら言いやしない。あ、やば」
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