三章 天狗攫い

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三章 天狗攫い

 義圭は一晩を紗弥加の部屋で過ごした。涙で濡れた枕もすっかり乾ききっていた。 義圭が紗弥加のベッドから出ると寒さを感じ、思わず半袖で皮膚が晒された両腕を擦ってしまった。 半袖故に意味こそ無いが、窓にかかっていた紗弥加のワンピースに羽織られていたピンクのチェックシャツを纏った。Tシャツ一枚の上半身が多少温かくなったように感じた。 それは三年前の朝靄の中で感じた温かさと同じであった。 「寒っ」 山は夏でも朝は寒い。普段の朝であれば半袖でも何とか平気だったが、今回は平気とは言えないぐらいに寒い。何の気も無しにカーテンを開いて外を見た義圭は驚いた。 なんと、村全体が濃い霧で包まれているのだ。朝である故に朝靄程度かと思われたが、朝靄と言うには生ぬるいぐらいに濃いもので、その濃さは庭に停車した銀男の車が霧に包まれて見えないぐらいのものであった。 窓から見える田畑も近隣の家も霧に包まれて見えないのである。 「どういうことだよ」 義圭は玄関の引き戸を開けた。目の前の庭は霧に包まれ、庭の風景は何一つ見えない状態であった。 引き戸を開ける音を聞いた銀男が起床してきた。大あくびをしながら朝の挨拶をする。 「やぁ、おはよう。この村、霧が凄いね。毎朝こんな感じなのかい?」 「ありえませんよ、こんなの」 銀男はスマートフォンを出し、温度計のアプリケーションを起動した。温度は13℃であった。 「山と言っても、こんな標高の低いところでこの温度は異常だよ」 「ここに来てこんなに寒い朝ははじめ……」 義圭はこんなに寒いのは初めてだと言おうとしたが、途中で口が止まってしまう。3年前のかぶと狩りに行った朝もこんな感じの寒い朝だったことを思い出したからである。 朝食を終えて朝の10時を回っても気温は上がらず、霧も晴れない。 「君、朝早くに出ていくつもりだったろ? この霧じゃあ厳しいね」 「ええ……」 テレビを点けてみたが、放送されているのは地方のローカル番組。 天気予報で濃霧注意報か警報でも出ているかと思えば、雨翔村の天気は報道されず情報を得ることは出来ない。 銀男が黒電話のダイヤルを回して気象庁に電話をして聞いてみたが、濃霧注意報、警報などは出されてはいなかった。銀男が黒電話を置いた刹那、チン鳴りが終わる間も無く、激しくベルが鳴った。 「藤衛くん、電話だよ」 義圭は電話を取った。その向こうから聞こえた声は聞き慣れたものであった。
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