三章 天狗攫い

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「俺、さくらと付き合ってた」 知ってた。昨日、秘密基地でコンドームを見つけた時点で全てを察し、仲良しの三人ではなくなったことを知り、僻みとも妬みとも言えない感情に押し潰されていた義圭は笑顔でくるりと振り向いた。 「そうなんだ、俺が来なかった間にお前ら付き合っていたのか。驚いたよ」 わざと知らないフリをした。この瞬間、義圭は吹っ切れた。二人を応援してやろうと決意をした瞬間であった。だが、その前に桜貝を見つけなくては意味がない。 「ケンちゃんは捜索隊に入らなかったの?」 「ガキは邪魔になるから家にいろって怒られた! でも、動かずにはいられねぇ! 俺だってまだ中3でガキ扱いされるけど大人だ!」 二重遭難の可能性もあり、ましてや天狗攫いに遭うかもしれない年齢の子供を捜索隊に参加させるはずがない。 村の大人たちからすれば、中学三年生の15歳の少年などガキに過ぎない。 以前に12歳の義圭が捜索隊に入ることを許されたのは親族であることと、絶対に大人の側を離れないことを約束しての特例であった。 「分かった、俺も一緒に探すよ。夏は毎年ここに来てた俺なら土地勘はあるし、力になれる」 「そのつもりでお前ントコに来たんだよ。二人なら天狗攫いに遭うこともないだろうしな」 二人が玄関から出ようとした時、銀男が玄関に出てきた。兼一は銀男の顔を見て険しい顔をした。 「誰だよ、こいつ。村のモンじゃねぇみたいだけど」 初対面の相手を目の前にして敵意むき出しの態度。兼一も排他性の強い村人のうちの一人だったかと義圭は僅かながら残念な気持ちを覚えた。 義圭はそれを顔に出さずに銀男を兼一に紹介するのであった。 「こちら、銀男さん…… 医者の先生で大学教授……」と、言ったところで義圭は口を閉じた。村の因習、それに天狗攫いについて調べているなんて言えばどう思われるかが分からない。間違いなくいい印象は持たれない(初対面の時点で手遅れではあるが)ことを見越し、適当な理由を見繕った。 「この村には観光に」 銀男もこの村に来た理由を知られるとマズいと感じていたのか、義圭の話に合わせた。そして義圭に向かって「助かったよ」と言いたげに軽くウィンクをしてアイコンタクトを送った。 「そうそう、こういった田舎の風景が好きでね」 「こんな何もねぇ村なんかに来てアンタも暇人だな? 霧も薄くなってきてるからさっさと帰れよ?」 兼一は銀男に悪態を吐いた後、踵を返して靄の中に走っていった。 それを追いかけようとした義圭を銀男は手招きし、呼びつけた。 「君たち、いなくなった娘さんを探しに行くのかい? 大人としては子供を止める義務があるし、行かせることは出来かねるよ」 銀男は義圭と目が合った。その決意に満ちた目を見て「止めても無駄」だと言うことを察していた。 「無理はしないように。森の奥に入る時は特に気をつけて」 「はい」 「私も君たちの保護者としてついていきたいところだけど……」 「すいません、銀男さんみたいな余所者(ヨソモン)が捜索に参加すると色々と……」 「分かった。自分の立場は弁えておくよ」 「じゃ、留守の方を預かって貰っても。どこか出かける時の鍵は…… いいです、田舎なんで鍵かける人も少ないし、盗まれて困るものもないんで」 銀男はそれを聞いて頷いた。その時、家の門の前から兼一の叫び声が聞こえてきた。 「おーい! 早く行くぞー!」 「じゃ、お願いします」 義圭は兼一と共に靄に包まれた雨翔村の中央に向かって走った。 居間に戻った銀男はノートパソコンに纏めた「天狗攫い」に関するレポートを読み返していた。
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