三章 天狗攫い

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 二人は走るのをやめ、畦道を歩いていた。義圭は兼一に尋ねた。 「なぁ、探すったってどうしたらいいんだ? 俺らが探すようなところは捜索隊がもう探してるんじゃないか?」 「それもそうなんだけどな。だから子供しか知らないような場所を回ってみようかと思うんだ。まだいなくなってから一晩ってところだから、こういった場所で寝てる可能性もあるしな」 義圭がまず最初に思いついたのは秘密基地だった。あそこは村の大人にも知られていない場所。あそこのマットレスの上で寝ていたとしたら、それこそ笑い話だ。他には川沿いの橋の近くにある排水溝、学校の庭にある防空壕跡の深部、誰も入らなくなり遊具が錆びついた公園、潰れた酒屋の地下室、村外れの廃屋、山間の崖に建てられた元保養所、封鎖されたトンネル、…… 心当たりはいくつかあった。 その心当たりの場所を兼一が持ってきた地図にバツ印で書き込んでいく。 その時、二人の正面にワゴンのライトが照らされた。ワゴンの運転手はクラクションを激しく鳴らした。 「げ、母ちゃんだ」 兼一は義圭の後ろに子供のように身を低くして隠れた。その隠れ切れてなさに義圭は笑いを堪えた。兼一もさすがにそれは無茶だと気がついたのか、畦道と田んぼの境目の斜面に伏せ、更に身を低くして身を隠すに至った。 兼一の母はワゴンを止めて窓を開けた。 「おーや、よっちゃんどうしたの?」 「いや、ちょっとコンビニまで」と、適当に誤魔化した。 「なるべく早く帰るんだよ! さくらちゃんがいなくなってまったからね!」 「おばさんは?」 「天狗神社にお米届けるんだよ。あそこにさくらちゃんの捜索本部作ってるからねぇ。あたしら女でおにぎり作ってやらねぇと」 兼一の母は後部座席に首をぐいと向けた。後部座席には中身のぎっしり詰まった米袋が4袋置かれていた。 「大変ですね……」 「今、さっさと帰れって言ったばっかりなんだけど…… ウチ来て息子の相手して欲しいかも」 「ケンちゃん、どうしたんですか?」 「ほら? ウチのバカ息子、さくらちゃんと仲良かったじゃない? それで村中イノシシみたいに走り回られてミイラ取りがミイラになってもらっても厄介だからねぇ。相手して止めて欲しいんよ」 義圭は苦笑いをしながら頷いた。まさかあなたの息子さんはすぐ近くにいるとは言えない。 「霧で足元危ないからね! 気ぃつけるんだよ!」 ワゴンは走り去った。ワゴンが遠くに見えなくなったことを確認した兼一はひょっこりと姿を現した。 「ふぅ、バレなかったみたいだな」 義圭は顎に手をあて、何か考え事をしているようだった。兼一は尋ねた。 「どうした?」 「天狗神社に捜索本部作るんだよな……」 「天狗攫いなんだから、天狗様について誰よりも詳しい宮司さんの指示で動くのがいいってことよ」 「ねぇ、天狗神社ってセンは無いかな? あの辺り注連縄(しめなわ)で封鎖した場所多いじゃん? その向こう側とか」 「あるかもな。でも宮司さんが探させてくれるかな?」 「根掘り葉掘り、草の根分けてでも探してもらわないと困る。やらないなら俺らで……」 「おい! こんな罰当たりが! でもなりふり構ってられないか」 「罰当たってもいい! さくらを探してやりたいんだよ!」
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