三章 天狗攫い

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川沿いの橋の近くにある排水溝、学校の庭にある防空壕跡の深部、誰も入らなくなり遊具が錆びついた公園、潰れた酒屋の地下室、村外れの廃屋、山間の崖に建てられた元保養所、封鎖されたトンネル。二人は霧を振り払うように雨翔村を駆け抜けこれらの場所を回ったが、梨の礫。 桜貝は見つからない。 最後に辿り着いたのは秘密基地。二人はバンガローの扉を開け、桜貝の名前を何度も何度も呼び続けるが返事はない。 二人は朝からずっと走り回っていた疲れからか、テーブルに身を寄せた。 そしてテーブルに軟体動物のようにだらぁりと突っ伏した。 「ホント、どこいるんだよ」 「この世は三千世界ってメッチャクチャ多くの世界があるんだよ。本当に天狗様の神域って世界があってそこで……」 「都会者(トカイモン)のお前がこんなオカルト言うなよ…… 村の子供達だって親の顔色窺って天狗様を信じてるフリしてるだけだぜ?」 「ははは、信じてなかったんだ」 「当たり前だろ。俺だってずっと信じてなかったぜ」 とは言うが、兼一は三年前にバンガローの中で天狗の後ろ姿を見て心底震えていた。今、言ったこれは兼一の強がりからくる嘘であるであることを義圭は見抜いていた。 「でも俺、天狗みてるんだよね。お前らだってここで見たじゃん」 「馬鹿野郎。あれは…… 単なる山伏だよ」 「俺、あの後に本物見たよ。顔が赤くて鼻が高い髭面の男」 「ああ、そんな事言ってたな。俺は村の大人経由でしか聞いてないけど。あの時はついにお前がどうかしちまったかと思ったよ」 義圭は冷蔵庫を開けた。結露で瓶ラムネが三本置かれていた。兼一と桜貝が備え付けとしてマメに補充して入れているものである。 「なぁ、これ飲んでいいのか?」 「ああ、俺の分も取ってよ」 二人は瓶ラムネを飲み始めた。義圭はラムネの栓の開けかたが分からないのか、フィルムを剥がしてキャップを外してすぐに口に運ぶが、飲めずに困っていた。兼一はそれを見ながら慣れた手付きで瓶ラムネの栓を空けてグビグビとラムネを呷っていた。 「何? 未だに空け方わかんないの? これだから都会者(とかいもん)は……」 「仕方ないじゃん…… 瓶ラムネなんて、この村に来た時しか飲まないもんだし…… 家にいる時は、お姉ちゃんが空けてくれてたし……」 「こまった奴だな」 兼一は義圭からラムネの瓶を分捕り、キャップから玉押しを出し、玉押しをラムネの瓶の飲み口に思い切り叩きつけた。飲み口を塞いでいたビー玉がカランと言う音と共に瓶の中腹に落ちる。 兼一は突き出すようにラムネの瓶を義圭に差し出した。義圭はそれを軽く分捕るように受け取った。 「都会のコンビニにはラムネも売ってないのか」 「俺の家の近所にはないだけだよ」と、言いながら義圭はラムネを口に運んだ。今度は落ちたはずのビー玉が飲み口を塞ぎ、ラムネにはありつけない。 「やっぱり飲めないぞ。この瓶、欠陥商品じゃないのか?」 「欠陥してるのはお前の頭だよ。瓶の溝を上にするなんてありえないぞ」 義圭はラムネの瓶を万華鏡のように一回転くるりと回した。飲み口を塞いでいたビー玉がその溝に引っかかる。義圭はやっとのことでラムネにありつくことが出来た。 口の中が爆発するような刺激と清涼感とほのかな甘さが義圭の体を癒やす。一口飲んだ辺りで、椅子の硬さで尻が痛くなってきた。 義圭はスッと立ち上がり、柔らかい座り心地のするマットレスに場所を移した。
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