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三人は兼一の家より少し離れた森の中の秘密基地にておにぎりを頬張っていた。中身は何もない塩味のみのおにぎりだったが、その味は極めて美味しいと言えるものだった。
秘密基地の掃除だが、誰も踏み入れてない割に案外埃は少なく、軽く備え付けの自在箒で埃を払うだけの簡素な掃除で終わった。
その秘密基地、整いすぎなぐらいに整っていた。丸太作りのログハウス風のバンガローが一軒ポツリとある感じである。数年前に三人がこれを見つけた時には埃塗れで大変だったが、懸命の掃除で人が滞在しても問題ないぐらいにまでに居住性を向上させることに成功している。
そのバンガロー、かつてのバブル経済期に雨翔村に作られていたキャンプ場の名残である。バブル期には雨翔村キャンプ場として繁昌っていたのだが、バブル崩壊のあおりを受け、エベレストの傾斜を思わせるような急激な右肩下がりとなり、瞬時に廃墟郡となった。
誰も来ないキャンプ場にバンガローがあっても仕方ないとして、何十棟もあったバンガローは解体・撤去されたが、林の奥に隠れ家のようにあった一軒だけはそれを免れたのだった。
三人はそのバンガローを勝手に秘密基地にしているのである。
「ここ、誰が電気代払ってるんだろうね?」
義圭は首を上げて壁に設置されたクーラーを見上げた。このクーラー、始めからバンガローに設置されているものである。
「知らねぇ」
「あたしも知らないわよ」
「そっかぁ…… どっかの家に電気代不正請求されてるかもしれないな」
「しらなーい」
「止められたら、止められたでそこまで」
「このバンガロー、俺らが生まれる前に『バブル』って一万円札が鼻紙程度の価値しか無い時期に作られたもんらしいぜ? かーちゃんから聞いたからよくわからねぇけど」
「なにこれ? 泡?」
「そん時に作った会社がまだあるんじゃないの? 会社からしたら、それこそ俺たちがここで使う電気代なんて鼻糞みたいなもんだし、見逃されてるんじゃね?」
「そうかもね」
義圭は部屋の隅に置かれた漫画本の山を退け、コンセントを露見させた。
そして、圏外と表示されたスマートフォンに接続する。
「どうした? この村、電波通じてねぇから携帯電話なんて単なるゴミだろ?」
兼一が退けられた漫画本から一冊を取り出しながら述べた。
「一応、カメラは使えるから」
義圭は画像フォルダを開き、これまで撮った写真の整理を始めた。普通の光景であるが、桜貝は物珍しそうに眺めている。義圭はその視線に気がついた。
「スマホがそんなに珍しい?」
「うん……」
「一応村長の娘でしょ? 買ってもらえないの?」
「買ってもらったところで、この村には電波局無いし…… パパに頼んでみたんだけど、電話会社もこんなド田舎に電波局作るつもりはないんだってさ」
こんな全国ブランドの米を作っている村でも携帯電話の電波局は作られないのか。社会の時間で習った需要と供給が合わないってやつか。義圭はそんなことを思いながら溜息を吐いた。
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