三章 天狗攫い

7/54
前へ
/137ページ
次へ
「どうしてこんな話をした? 別に知っても知らなくてもいい話よね?」 「いや、お前には正直に言っておかなきゃなって思って。親友なんだから本当のこと言うのは当たり前だろ?」 夏にしか会えない親戚程度の扱いだと思っていたのに、親友と思ってくれていたのか。義圭は嬉しさで思わず胸が熱くなった。冷蔵庫から出したばかりの冷たいラムネでもその胸の熱さを冷ますことは出来ない。  二人の会話が途切れた。その沈黙を割くように外から多くの足音が聞こえてきた。 二人は慌てて身を低くし、テーブルの下に隠れた。そしてそのまま窓際に向かい、身を伸ばして足音の正体を確かめた。足音の正体は見知った男たちであった。 紗弥加の同級生の男衆の父親達、近所の農家のおじさん、定食屋の旦那の息子と言った感じであった。その手には猟銃、もしくは散弾銃が握られている。 兼一が義圭に耳打ちをした。 「実はお前が来るちょっと前にクマ出たんだよ。うちの斜向いの畑のじいちゃんがクマに引っ掻かれて、隣町の病院に運ばれたばっかりなんだよ」 「さくらの捜索と熊狩りも兼ねてるってことか」 「そうなる。最悪の場合……」 考えるな! 義圭はそう言いたげに兼一の両頬を両手でぱんぱんと叩いた。 その意図を察した兼一はコクリと頷いた後に軽く深呼吸をする。 その時、バンガローのドアノブがガチャガチャと捻られた。ドアは内鍵を掛けてあり、開くはずがない。二人は全身の血の気が引き、肝を冷やし、息を潜めて気配を殺した。 すると、会話が聞こえてきた。 「おい、どうした?」 「このバンガローが気になりまして」 「このバンガローか? ン十年前にウチにキャンプ場作ってた会社の持ちもんだ、何年も人なんか立ち入ってねぇ。ほっとけ」 「はい」 ドアを開けようとした男は地元の猟友会の一人だった。その男は何ごともなかったかのように捜索隊の中へと戻って行った。 その男が捜索隊に戻るのを窓の外から確認した二人は安堵し、床にペタンと力なく座り込んだ。 「焦ったぁ……」 「もう、ここ秘密基地にしとく必要もないんじゃないかな」 「うちらだって子供じゃないしな」 二人は秘密基地を後にし、宛もなく靄に包まれた道を歩き行く……
/137ページ

最初のコメントを投稿しよう!

49人が本棚に入れています
本棚に追加